卵巣がん

I. 卵巣癌について

はじめに

 子宮にはその左右に卵巣という臓器がついており、これらに発生する癌を卵巣癌と言います。卵巣癌はある程度腫大するとか腹水が貯留するなど癌が蔓延してから、初めて自覚的な症状がでるため早期診断しにくい癌であり、当院の症例でも半数以上が進行癌で診断されている悪性腫瘍です。また卵巣癌と良性の卵巣腫瘍との鑑別は難しく、手術で摘出・検査してから初めて癌と診断される場合も多くあります。
 このように卵巣癌の診断や治療は難しく、取り上げるべき問題点は数多くあるのですが、卵巣腫瘍の診断の方法や発想を理解して頂くために、1.良性腫瘍との鑑別が難しい、2.手術縮小の是非、について下の「II. 卵巣癌の問題点」で取り上げます。ここでは主に卵巣癌の一般的な診断・治療について述べます。

初期症状

1)腹部膨満感   肥満・妊娠等、理由がないのにお腹が膨れてきた場合
2)腹部腫瘤自覚  自分で触って下腹部にしこりが触れる場合
3)検診異常    検診で下腹部に腫瘍があるとか卵巣が腫れているといわれた場合

診断の為の検査

1)画像診断
 超音波・CT・MRI等の画像診断で腫瘍の大きさや内容の性状を検査します。また腹水や胸水の貯留の有無や明らかな転移病巣の有無等、癌の進行の程度を調べます。1cm以下の小さな癌は解らない場合があります。検査をしてから1週間以内には結果がわかります。
2)腫瘍マーカー
 卵巣が腫大した状態・卵巣腫瘍を良性の腫瘍か悪性のものか区別する際に、有用な血液検査として腫瘍マーカーがあります。CA125・CA19-9等が主な腫瘍マーカーで、これらが異常な高値を示す場合には悪性の可能性が高いとされています。治療前に高値を示した腫瘍マーカーは治療中・治療後に繰り返し検査して、治療効果の判定や経過観察に利用します。検査してから1〜2週間くらいで結果がわかります。
3)細胞検査・組織検査
 腹水や胸水が溜まっている場合には、これらを一部採取して癌細胞の有無を調べます。癌細胞があれば確実に癌と診断されます。また膣内・腹部・鼠径部など採取しやすい場所に転移病巣がみられる場合にはこれを一部採取し組織検査する場合があります。

治療

1)手術
 卵巣癌の手術は治療目的の腫瘍摘出と同時に、癌の進行期を診断する目的でも行います。手術前に卵巣癌とわかっている場合や手術中に卵巣癌と診断された場合には、子宮+両側附属器(卵巣・卵管)+大網・骨盤内〜傍大動脈リンパ節+虫垂等を摘出するのが標準手術とされており、これに加え進行期確認の目的で腹腔内の癌細胞の有無を検査するため腹水細胞診も行います。また肉眼的に見て癌の転移と思われる部分も出来る限り摘出します。これらの摘出したものを十分に検査し、最終的な癌の進行期や組織型を診断し、手術後の追加治療を検討します。癌が明らかに広がっていて全部摘出できない場合には、手術を縮小して抗癌剤治療を行う場合もあります。
2)化学療法
 卵巣癌は比較的化学療法が有効な癌で、その治療には多くの抗癌剤が使用されています。中でもシスプラチン・カルボプラチンと呼ばれる白金製剤は特に有効であり、現在では卵巣癌治療の中心となっています。またタキソールやタキソテールと呼ばれるタキサン系薬剤も有効であり、現在は白金製剤とタキサン系薬剤とを併用するのが、卵巣癌に対する第一選択化学療法の世界標準とされています。主な副作用としては吐き気・嘔吐、脱毛、手足のしびれ、白血球や血小板減少があります。これらの副作用が強い場合には化学療法を変更したり中止したりすることがあります。

治療成績

当院での1996〜2005年の間の卵巣癌の治療成績を示します。

1996〜2005年の間の卵巣癌の治療成績

II. 卵巣癌の問題点

良性腫瘍との識別が難しい

 当院には他の病院で「卵巣腫瘍」とか、「卵巣癌の疑いがある」と言われた患者さんがよく相談にみえます。皆さん「手術しないで癌の診断はできないのか」とか、「腫瘍マーカーは正常なのになぜ手術が必要なのか」とか言われますが、超音波検査等画像診断や腫瘍マーカー検査の結果がなければ何も解りませんし説明もできません。ここでは1)なぜ良性の卵巣腫瘍と卵巣癌は手術しないと鑑別できないのか、2)画像診断や腫瘍マーカーの考え方、3)卵巣腫瘍の治療方針、について述べます。

1)なぜ良性の卵巣腫瘍と卵巣癌は手術しないと鑑別できないのか
 画像診断で明らかに転移がある場合は別ですが、悪性腫瘍の診断は原則的に病理組織学的に行われます。このため手術前に癌の診断をするには、腫瘍の一部を採取し病理組織検査を行わなければなりません。例えば胃癌や大腸癌なら内視鏡で癌の部位から組織を採取できます。例えば子宮頚癌なら膣から癌が確認できるため容易に組織が採取できます。では卵巣癌は組織採取ができるのでしょうか?
 卵巣は腹腔内に小腸や大腸、子宮等と共にあります。膣から直接針を刺して、または腫瘍が大きい場合には腹部から針を刺して組織を採取することは不可能ではありません。しかし、悪性腫瘍であった場合には針を刺したことで癌細胞が腹腔内に蔓延することになります。
 前述の様に、癌細胞が腹腔内に蔓延していることは卵巣癌の進行期にも用いられており、予後を左右しかねない因子です。針を刺したことで癌が進行する可能性を考えれば、このような検査が一般に行われていないことが御理解頂けると思います。

2)画像診断や腫瘍マーカーの考え方
 卵巣腫瘍と卵巣癌は原則的に手術で腫瘍全部を摘出し、病理組織検査により鑑別します。しかし実際には手術前に「卵巣癌の疑いがある」とか「良性卵巣腫瘍の可能性が高い」と説明されます。これは主にCT・MRI・超音波検査等の画像診断や、CA125やCA19-9等の腫瘍マーカー検査により予想されています。
 良性卵巣腫瘍の場合は腫瘍の内容が水・粘液・血液・脂肪等で一様の場合が多いに対し、卵巣癌の場合には水・粘液・血液の成分の他に充実部と呼ばれる部位が認められる場合が多くあります。これは良性腫瘍の場合には腫瘍細胞自体は増殖しませんが、これらが産生する水・粘液・脂肪等が腫瘍内に貯留するため腫瘍自体が増大するのに対し、癌の場合には産生する水・粘液・血液等が腫瘍内に貯留すると同時に、腫瘍細胞自体が増殖するため腫瘍が増大します。充実部はこの腫瘍細胞自体の増殖により形成されると考えられ、画像診断ではこの充実部の有無を検索することにより、良性の卵巣腫瘍か卵巣癌かを予想します。
 腫瘍マーカーは、癌特異抗原と呼ばれる癌細胞から放出されていると言われている物質の血清内(血液内)濃度を測定しています。臨床において悪性疾患の病勢を反映することが多いため、多くの悪性腫瘍に様々な腫瘍マーカーが用いられていますが、腫瘍マーカー各々によって測定する物質が異なるため正常値や安定性が異なります。卵巣癌で主に用いられている腫瘍マーカーはCA125やCA19-9と呼ばれるもので、卵巣癌の病勢をよく反映し、また血液検査で簡便なため広く用いられています。
 良性の卵巣腫瘍と卵巣癌とを鑑別する際に、というより卵巣腫瘍を認めた場合には必ず腫瘍マーカーは検査します。正常値であれば良性の卵巣腫瘍の可能性が高く、高値であれば卵巣癌の可能性が高いと判定するのですが、良性腫瘍でも腫瘍マーカーが上昇場合もあり、また月経周期や腹痛等の症状によって変動する等、値が不安定で1回の検査では確定できない場合もあります。

3)卵巣腫瘍の治療方針
 以上の様に、手術前に良性の卵巣腫瘍と卵巣癌とを鑑別するのは非常に難しいのです。このため、「卵巣癌の可能性がありますが経過観察しましょう」とか、「良性の卵巣腫瘍の可能性が高いですが手術しましょう」、というよく解らない説明をせざるをえない場合があります。では説明を受ける患者さん側としては、どう考えれば良いのでしょうか?
 私達が手術を勧めるのは、1)卵巣癌の可能性がある、2)腫瘍が大きい、または今後大きくなることが予想される、3)腹痛・生理痛(月経困難症)等の症状や不妊症等他の病気の原因になる、場合だと思います。手術を勧められた場合には、どの項目にあてはまるのか担当医に確認するのが良いと思います。
 経過観察をすすめる場合は、1)良性の可能性が高く症状もない場合、2)自然に消失する可能性がある場合です。画像診断でも腫瘍マーカーでも悪性を示唆する所見がなく、症状もなければ早急に治療する必要がなく、経過観察を勧められます。また卵巣は卵胞で卵を育てて排卵するなど性周期により形態が変化します。一時的に卵巣腫瘍を認めても自然に消失する場合も多く、「手術をしたけど腫瘍はなかった」では話になりません。
 以上、良性の卵巣腫瘍と卵巣癌との鑑別について簡単に述べました。手術するか経過観察するかの判断は、やはり診察をして検査を把握していなければ適確な判断ができないため、疑問があれば検査結果や診断根拠について、直接担当医に質問されるのがよいと思います。

手術縮小の是非

 卵巣癌治療ガイドラインによると卵巣癌に対する手術の内容は、開腹して最初に腹腔洗浄細胞診を行い、肉眼的に腹腔内病巣を検索し、子宮+両側附属器(卵巣・卵管)+大網・骨盤内〜傍大動脈リンパ節を摘出するとあります。近年いくつかの研究により、リンパ節を摘出しないとか、子宮や反対側の卵巣を温存するなど、手術内容の縮小が考慮される傾向にあり、ここでは手術の縮小の是非について記します。
 今日はEBMの時代で、多くの患者さんに御協力を頂く臨床試験という研究により、標準的な治療法や手術内容が確立されているのですが、卵巣癌に対しては系統的に規定された範囲のリンパ節全体を摘出しても、転移してそうなリンパ節だけ摘出しても治療成績は変わらないという臨床試験の結果が2005年に報告されました。卵巣癌のリンパ節転移が治療成績に及ぼす影響が少ないことは1998年にも報告されており、治療成績の改善という観点でも、進行期確認という観点からもリンパ節の摘出は治療的な意味がないと考え、摘出しない病院が増えている様です。
 リンパ節を摘出することにより、リンパ浮腫等の合併症の可能性が高くなります。しかし治療の縮小は治療成績への悪影響が懸念され、慎重に検討すべき事項と考えられます。臨床試験の結果については間違っている可能性もあることから、1つの臨床試験結果だけで治療方針が簡単に変更できる訳ではありません。また現実に当院では、摘出しなかったリンパ節だけに再発した患者さんが複数みえたことから、現在のところリンパ節は積極的に摘出しています。
 妊娠・出産のため子宮や卵巣の温存を希望されている患者さんには、妊孕能温存手術が考案され、広く行われています。しかし対象は進行期I期に限定されており、また組織型によっては推奨できない場合もあり、希望される全ての患者さんにお話しできる訳ではありません。温存の意義や治療成績を十分に考慮された上で、手術内容を決めて頂けましたら幸いです。

III. 卵巣癌と言われた患者へ

はじめに

 当院には他の病院で「卵巣癌といわれた」とか「卵巣腫瘍で手術したら癌だった」という患者さんがよく相談にみえます。癌の告知は治療上必要とはいえ、告知された患者さんの気持ちは大変不安でしょうし、告知の内容も十分理解できないこともあるかと思います。ここでは卵巣癌と告知された時、知り合いの医師や他の病院で相談するにあたり、最低限知っておいてほしい内容について述べます。

医師の話を聞く要点

1)手術前の場合
 卵巣癌はその診断が難しいため、手術前に癌と診断するには、それなりの根拠があるはずです。腫瘍の大きさや充実部の有無等画像診断の所見、腫瘍マーカーの値、体液(胸水や腹水)貯留の有無やその細胞診結果、組織検査の有無や結果は、卵巣癌診断の為の重要な情報となります。
2)卵巣癌の進行期
 卵巣癌は手術で精査して進行期を診断します。どんな癌でもそうですが進行期その後の治療方針に影響します。手術時の腫瘍の腹腔内の蔓延状況や残存腫瘍、大網切除・リンパ節郭清など手術内容や組織検査・腹水細胞診の結果は卵巣癌の進行期を診断する上で大変重要な情報です。卵巣癌の診断は難しいため、手術中は良性と診断されても手術後詳細な検査で悪性と判明することもあり、検査が不十分であってもできる限りあった方がよいです。
3)卵巣癌の組織型
 卵巣癌には非常に多くの組織型があり、化学療法に高感受性の組織型と低感受性の組織型に分類することができます。その後の治療方針に影響するため非常に重要な情報です。卵巣癌の組織型の分類は非常に難しく、病理医の中でも専門家の診断が必要な場合もあります。可能であれば組織型を診断した病理組織標本を借りてきて頂きますと、より確実な診断を得ることができます。

当院に受診される場合

 当院で治療を希望される場合には前の医師の紹介状をもらってきて頂きますと大変助かります。また治療の希望はないけど相談だけしたい場合にも、以上の事柄について十分説明をうけた上で来院して頂きますと、私達もより適確なお話しができると思います。

平成21年12月改訂

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