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ディグニティ・セラピー

ディグニティ・セラピーって何?

 「ディグニティ」とは、尊厳という意味です。つまり、本療法は、終末期の患者さんの尊厳を維持することを目的とする精神療法的アプローチのひとつということになります。
 ディグニティ・セラピーは、カナダのウィニペグ市にあるマニトバ大学精神科教授チョチノフ博士によって考案されました。がんの末期にある患者さんたちに、これまでの人生を振り返り、自分にとって最も大切になったことをあきらかにしたり、周りの人々に一番憶えておいてほしいものについて話す機会を提供するものです。
 実際には、患者さんは8つの質問(#0、資料1)を手渡され、2、3日かけて答えをイメージアップします。そして、質問紙に沿って、面接者を相手に、愛する家族や友人に言い残しておきたいことを語ります。それはオーディオ録音され、その逐語録を基に、面接者が文書を作成します。それは後日、ご本人の前で読み上げられ、内容確認して頂いた上、郵送ないし直接に手渡しされることになっています。1週間ほどで完成します。
 本院では、入院緩和ケアの患者さんに対し、06年5月より施行されています。おそらく、日本では最も早いスタートだと思われます。本サイトで公開される患者さんが増えることによって、より多くの患者さんが本療法を利用されることにつながればと思います。「死」について語ることは、まだまだタブーです。その実践、公開を決意された患者さんたちの勇気に感謝します。

文献

  1. Chochinov, HM, et al. Dignity Therapy: A Novel Psychotherapeutic Intervention for Patients near the end of life. J Clin Oncol 23:5520-5525, 2005
  2. ヘツキとウィンスレイド:人生のリ・メンバリングーーー死にゆく人と遺される人との会話、金剛出版、2005

目次

  1. 資料1:ディグニティ・セラピーの質問
  2. 肺がん、脳転移のある59歳女性とのディグニティ・セラピー、生成継承性文書
  3. 肺がんの59歳女性とのディグニティ・セラピー、生成継承性文書

#0. 資料1:ディグニティ・セラピーの質問(文献1より)

  1. あなたの人生において、特に、あなたが一番憶えていること、最も大切だと考えていることは、どんなことでしょう?
    あなたが一番生き生きしていたと思うのは、いつ頃ですか?
  2. あなた自身について家族に知っておいてほしいこととか、家族に憶えておいてほしいことが、何か特別にありますか?
  3. (家族としての役割、職業上の役割、そして地域での役割などで)あなたが人生において果たした役割のうち最も大切なものは、何でしょう? なぜそれはあなたにとって重要なのでしょう、そして、その役割において、あなたは何を成し遂げたのだと思いますか?
  4. あなたにとって最も重要な達成は、何でしょう? 何に一番誇りを感じていますか?
  5. あなたが愛する人たちに言っておかなければならないと未だに感じていることとか、もう一度言っておきたいことが、ありますか?
  6. 愛する人たちに対するあなたの希望や夢は、どんなことでしょう?
  7. あなたが人生から学んだことで、他の人たちに伝えておきたいことは、どんなことですか?
    (息子、娘、夫/妻、両親などに)残しておきたいアドバイスないし導きの言葉は、どんなものでしょう?
  8. 将来、家族の役に立つように、残しておきたい言葉ないし指示などはありますか?
  9. この永久記録を作るにあたって、含めておきたいものが他にありますか?

#1. 肺がん、脳転移のある59歳女性とのディグニティ・セラピー、生成継承性文書

 今、これから、あなたに読んでもらうことになった文書は、私が、愛知県がんセンターに入院していた今年の6月2日に、緩和ケアの一環として作成されたものです。これは、精神科医の小森先生との「ディグニティ・セラピー」(死にゆく人が愛する人たちに最も伝えておきたいことを残すためのプログラム)の記録です。8つの質問に答えていく私たちの1時間弱の面接録音を逐語録にした上で、先生がそれをすこし編集してくれました。後日、私がそれに目を通し、最終版にしてあります。

 私の人生について一番憶えているのは、結婚して家族を持ったことです。一番生き生きしていたのは、夢中で子育てしていた頃かな。夫のお給料の中でやりくりして、子どもをしっかり育てて、というか、しっかりでなくても、心に弾力があるような子どもに育ってほしかった。結局、経済的にはある程度決まっているので、私たちがやれる中で精一杯やったら、それでいいと思っていました。貧乏じゃないけど、うちはうちって、夫と私は考え方が合っていたから、幸せでした。今も、幸せです。うちは、息子が高校の時から寮生活をしているから、それまでの15年くらい。ちゃんとというかな、そうじゃなくても、きちんと分別のある青少年になってくれるのを望んでいました。(中略)

 私自身について家族に憶えておいてほしいことは、息子も娘も夫も、私がクリスチャンだから、「僕たち、私たちは違うけど、お母さんはクリスチャンで良かったねって」。私は主を信じて、いつも祈っているから、私自身は、人生の憶えておくべきエピソードもいろいろあります。時間を特別持つわけじゃないけど、これは祈ってって感じ。聖書でっていうのが大きかった。がんになったときも、それを、私だから良かった。私だから、大きいプレゼントだって考えられたということはありますね。そのことを忘れずにいてほしい。

 (家族としての役割、職業上の役割、そして地域での役割などで)私が人生において果たした役割のうち最も大切なものは、何でしょうと訊かれました。私は、幸せだなって思うのは、今でも気もちのピタッと合うような友だちがいるということかな? 何か役割を引き受ける時でも、助けてもらう感じ、自分が全部やるというわけではなくて、「もう助けてね」という感じですると、うまくいってきたの。家族や周りの人たちにお世話になることが多かった。自分が元気なときは一生懸命するけど、自分がこうしたからって、その人に返してもらわなくても、別のところから返ってくるでしょ? 
 家族の中での役割というのは、最大かどうかは分からないけれど、精一杯しました。あなたはあなた、私は私ってところもあるから。私が嬉しかったのは、息子が寮生活していて、彼に何かしてあげられるかって考えたら、絵はがきを書くことくらいで、どうということはないけれど、でもしょっちゅう書いていたのね、そしたら息子が、もう高校生で「ええっー!?」っていう感じで思っているだろうに、寮では郵便が来るとこう横に並べるんですって、そしたら、そこの不良じゃないけど、そんな感じの子が「いいなあ、おまえんちは」って言ったんですって。「うちなんか、サラリーマンだし、あんな金持ちの学校へ入ったから、本当は分不相応なんだけど、友だちが『お前はいいな』って言って、渡してくれた」って。

 「あなたにとって最も重要な達成は、何でしょう? 何に一番誇りを感じていますか?」と聞かれたら、私、すぐ「それは、クリスチャンです!」と答えていました。1982年に洗礼受けてから、全然迷わず来れたことです。そう言ってから、「なんか嫌だ! 恥ずかしくなっちゃうわ」と付け足しました。クリスチャンになってよかったなあって感じ。命は、作られたんだって、やっぱり取られるときは取られるけど、主のものなんだと確信をもっていられること。クリスチャンでなかったらなんて、想像できません。
 クリスチャンになったきっかけは、夫のお父様が亡くなって、そのとき、私が義理の姉にすごく荒い言葉で接したことに自分でもすごく驚いて、私にもこんな悪い言葉があるんだって、その前から、なんとなく「婦人の友の会」に入っていたから、短大もミッションだったし。牧師先生のメッセージもよかった。
 でも、このあいだ、脳への放射線照射で15回のうちの10回目の日に、涙がこぼれました。それは、やっぱり、これで照射は終わりだし、最後だしってところかな。10回目でからだがだんだん下り坂になっていくでしょう? あの時の涙っていうのは、どんな涙なんだろうな? 照射最後だっていうのと・・・こうやって頭壊れていったんだからって、私、頭の中に「がんちゃん」できているから、でも、分かんないな・・・からだボロボロだったから、同じようになったんだと思います。

 愛する人たちに言っておかなければならないと未だに感じていることとか、もう一度言っておきたいことは、そうね、夫は、まだ62歳だから、彼は彼なりに生活してほしいということ。子どもたちはふたりともシングルだけど、まあ、元気にやってくださいってことだけかな。

 愛する人たちに対する希望や夢は、淡々と生活してほしいということ。私の場合は、肺がんが転移して、やっぱり、あなたたちは、自分のことは自分で考えてやってほしいということですね。船橋のマンションは、夫が好きなようにリフォームして、自分の好きなように住んだらいいって感じですね。私も、そこをああしてこうしてといろいろ考えたんだけど、まあいいかって。夫は好きなように、まあ心機一転切り替えてというのを望みます。リフォームしてさっぱりと奇麗にして住んでほしいというのがあります。お勘定のことは知らないけど(笑い)。

 私が人生から学んだことで、他の人たちに伝えておきたいことは、やっぱり、これです。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。これがキリスト、イエスにあって、創造主があなたがたに望んでいることです」(第一テサロニテ 5:16-18)。命を作ってくれた天のおとう様、創造主です。

 将来、家族の役に立つように、残しておきたい言葉は、このノート。終末期医療っていうので、抗がん剤も放射線も延命治療だからいいけど、人工呼吸器みたいな延命措置はいやです。

 最後に、先生が「この永久記録を作るにあたって、含めておきたいものが他にありますか?」と訊いてくれたので、私は、「今、思いつかない」って答えたんだけど、すぐひとつだけ、思い出したことがありました。夫の35周年リフレッシュタイムで家族4人で海外に旅行に行ったこと。今回も今年、最後だからとオーストラリアに行くとなったとき、息子と娘はふたりとも無理して来てくれたのを、感謝しています。だって、普通いやじゃないですか。来ないでしょう? でも、来てくれたことがすごく良かったなあ!!! これ、最後に言って、先生に指摘されたんだけど、これって、私の感謝なんだね。こう言って、最後を締めくくることができて、とても嬉しかった。

2006年6月2日

追伸。この面接で使われた質問は、カナダのウィニペグに住む精神科医が作ったものだそうです。それで、始める前に先生と、昔、旅行でウィニペグに行ったんですよって話をしていたの。そうしたら、最後も、その旅行の話になって、まるで、ぐるっと一周して来たみたいな気もちでした。

コメント

 ここに紹介を許されたのは、私のはじめてのディグニティ・セラピーの記録ということになります。おそらく、国内でははじめての公的な報告だと思います。ヘツキとウィンスレイドの『人生のリ・メンバリング』を読んでから、死にゆく人との会話は、私の緩和ケア活動の目的のひとつでしたから、彼女が死についての会話を持ちたいとおっしゃったときには、すぐさまディグニティ・セラピー導入を思い立ちました。といっても、実際には、その前の週に、そのようなフォーマットがあることを名市大の明智先生から教えて頂いたばかりでした。さっそくチョチノフ論文を訳出し、3日後には彼女に質問紙をお渡しし、その翌々日には録音面接、逐語録作成、生成継続性文書編集といった具合に、それは、わずか1週間のあいだの出来事でした。そのあいだに、精神腫瘍診療科への紹介理由であった「イライラと気が短くなったようだ」という症状は速やかに消失しました。どこか女学生の雰囲気が残る彼女とご主人との面接を思い出すと、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の次の一節が浮かびます。

 新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。

#2. 肺がんの59歳女性とのディグニティ・セラピー、生成継承性文書

 今、これから、あなたに読んでもらうことになった文書は、私が、愛知県がんセンターに入院していた今年の9月27日に、緩和ケアの一環として作成されたものです。これは、精神科医の小森先生との「ディグニティ・セラピー」(死を意識した人が愛する人たちに最も伝えておきたいことを残すためのプログラム)の記録です。7つの質問に答えていく私たちの40分ほどの面接録音を逐語録にした上で、先生がそれをすこし編集してくれました。後日、私がそれに目を通し、最終版にしてあります。

 私の人生について一番憶えていることと言われても、特にはありません。けれど、強いて言えば、7匹の猫と1匹の犬と関わってきたことです。それがみんな互いに元気で生き生きとして、お互いに若い頃、それが一番懐かしいというか、楽しかったというか、大切だったというか、私の人生においてね。憶えている出来事はいろいろあります。猫はひとりひとりが野良チャンだったので、決して健康ではなかったから、医者代には随分お金をかけましたね。私たちも健康でした。子どもはいなかったけど楽しかった。よく子どもがいなくて寂しいから飼うんでしょうって言われるけど、そんなもんじゃあない! 犬猫がいると家は空けられないとか、子どもがいないと運動会や学校の行事や子ども会との関わりもなくて楽しくないんじゃないかと言う人がいるけれど、それは知らない人の言う話。本当にみんなが元気であかるいというのは、楽しいことです。たくさん食べて、よくけんかをして。同時に8匹ということではないけれど、大所帯で。1匹では寂しい、2匹でも寂しい、なら3匹飼おうか、そうなると3匹も4匹も一緒だってね。犬猫の行事はなくても、誕生日会はやってましたね。大好きなものを食べましょうって、ちょこっとメニューが違う。

 私自身について家族に憶えておいてほしいことを考えるとなると、家族は夫と犬猫ひっくるめてということになります。話しても分からなくてもね。これも特別にはないんです。でも強いて言えば(?)、私の人生においては家族が一番大事だったということ。
(家族としての役割、職業上の役割、そして地域での役割などで)私が人生において果たした役割のうち最も大切なものは、何でしょうと訊かれました。3つの役割は同じだったという気がしています。家族としては、母親ということ。犬猫であろうと母親である限り、衣食住ですね。仕事は経理でしたから、プロの経理だと思っています。地域での仕事となると、町会や趣味の会で会計をやっていたことですね。お金の関わるところにずっといたということになります。重要性は、どこでも一緒ですね。でも、結局、家族としての役割が一番大きかった。  「あなたにとって何が一番の誇りですか?」と聞かれたら、「8匹の犬猫との関わり」と答えて、思わず吹き出してしまいました。みんなが寿命を全うしてくれればいいんだけど、今のところ、15年という長い歳月、ひとりも欠かさず、一緒に暮らせたこと。情けない誇りですかね? でも人間でいえば、70か80まで子どもたちがひとりも欠かさずということですからね。そういえば、小鳥もいましたね。犬猫禁のアパートで、インコと文鳥。病気にはならなかったけど、逃げてしまいました。

 愛する人たちに言っておかなければならないと未だに感じていることとか、もう一度言っておきたいことは、別にないですねえ。

 家族に対する希望や夢は・・・まあ、一般的なことね。いつまでも健康で、若くて、元気で、長生きしてほしいということでしょうね。私が病気のときだから、余計そう思うのかもしれない。それ以外ないんじゃないかな?

 私が人生から学んだことで、他の人たちに伝えておきたいことと訊かれても、そんな大袈裟なことはないですね。どうしますか? 私が大袈裟なこと言ったりなんかしたら。
 でも、先生が、「伝えるかどうかは別にして、学んだことというのは、自分がどう変わったかということで実感できるものですよ」と言うので、そんなふうに考えてみると、確かに、10代より20代の方が、そして今の方が利口になったなとは思いました。物知りになったということもあるけど、人との接し方なんかでも、うまくなったというか、自然に身について、素直に自分を表現して伝えることができるようになったこと。それは、どのようにして学んだかというと、「生きているから」、つまり経験ということになるんでしょうね。でも、経験知ばかりじゃなくて、本を読んで得た知識も同様に大事なんだと思います。歳をとるということが、健康でありさえすれば、楽しいことだと分かりました。歳を取るとともに利口になるはずだから。
 そうしたら、先生が、これって正に、ご主人へのメッセージになるねって指摘してくれました。そうかもしれない。私が亡くなったら、夫は独りになるわけだから、健康でさえあれば、歳をとることは楽しいんだから、そんなに気を落とさないでさって。でも、「人生、健康が第一だ」ってところに収まっちゃったりして(笑)。ただ、歳を取ると、たとえば女性なんて体型も崩れてくるから、知性も伴わないとね、人生つまんないわね。

 最後に、先生が「この永久記録を作るにあたって、含めておきたいものが他にありますか?」と訊いてくれたけど、なんか照れくさくてね。やっぱ、やめとくって答えました。

2006年9月28日

コメント

 私は毎日、午後1時に9階の病棟から回診をはじめて夕方には4階にたどりつくという「病棟ジプシー」のような仕事をしているので、4W病棟にみえた彼女との面接は、いつもその日最後の面接ということになりました。長い入院でしたが、彼女の4人部屋の雰囲気はとても良いことが多く、彼女のうつが改善してからは、部屋全体が自然にグループミーティングになることもありました。これは、本当に貴重な体験でした。「月下美人」という植物の花が真夜中に咲くのを皆で待っていたんだと(結局、皆、寝入ってしまって、看護師さんが代わりに撮ってくれたデジカメの)写真を見せてもらったり、遠方のご親戚との賑やかな家族面接など、多くのことが思い出されます。ここで紹介を許可して頂いたディグニティ・セラピーの文書にしても、彼女のまったく気取らないお人柄が充分に表現されています。「先生がそんなに薦めるんなら、一丁やりますか!」なんて言葉にはされませんでしたが、そんなところだったと思います。結果的に、ご主人とペットたちに向けた、とてもユニークな文書が出来上がりました(小森康永)。

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