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特別企画(第5話)

チョチノフ教授、医療に携わる専門家としての心得を語る

報告、インタビュー:小森康永

 みなさんはカナダにどんな印象をお持ちだろう。北緯49°より北のアメリカに過ぎないという方もおありだろうし、グレン・グールドの国だったりジョニ・ミッチェルの国だったり、赤毛のアンの国だったりする。チョチノフ教授は、カナダのマニトバ州ウィニペグ市(注1)にあるマニトバ大学精神科で終末期医療の研究に専心しておられるが、今回、日本緩和医療学会の招聘により7月4日、5日にワークショップと講演が行われた。5日のランチョンセミナー6「患者の尊厳を守るケア:医療に携わる専門家としての心得」では、私が座長を担当し、講演前後に同僚のジル・ブラウンさんも交えて歓談する機会を得たので、ここに報告する。前日の「ディグニティ・セラピー:人生の終焉を迎える患者に対する新しい介入方法」(注2)が教授の頭と腕ならば、これは彼の心を伝えるものである。

 チョチノフ教授は、1983年マニトバ大学医学部を卒業後、86年にはニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリング・キャンサー・センター(精神腫瘍学発祥の地)にて研修。自学に戻られてからも研究を続けられ、98年には精神科教授に就任、03年にはマニトバ・パリアティウ゛・ケア・リサーチ・ユニットの所長を兼任されるなど、実に精力的に臨床、研究、さらには教育活動を展開されている。翻訳として、内富庸介監訳『緩和医療における精神医学ハンドブック』(星和書店、2001)がある。

 200を越す論文を書く研究者は少なくはないが、エビデンスを目指す量的研究論文には要約さえ読めば充分なものも多い。しかし、チョチノフ教授の研究論文には、本文を読み込んでこそ見つけられるきらりと光る記述がある。
 たとえば、2002年のLancet(1)では「個人の尊厳感覚は、リジリアントな具体的構成物であり、ほとんどの例では、終末期患者の直面するさまざまな身体心理学的困難に持ちこたえることができる」(p.2028)と示唆されているし、2004年のJournal of Clinical Oncology(2)でも「進行がんという文脈において、死の願望というものは、ひとつの連続体として考えられなければならないという十分なエビデンスがある。極端な場合、それは自殺企図や自殺願望への耽溺と同義ではあるが、もっとずっと一般的なのは、長い経過のなかで多くの患者が、時に魔が差したように、もしも翌朝目が覚めなければ、この人生において得られなくなった安らぎなり逃避が与えられるのにと思うことなのである」(p.1336)と患者の力に対する信頼を隠さない。一方、2002年のJAMA(3)では、「尊厳の配慮というものはしばしば、死にゆく患者へのさまざまなケア・アプローチに対する究極の正当化として引き合いに出される。たとえそれらが、正反対のものであっても。安楽死であれ自殺幇助であれ、輸液と栄養管理であれ、終末期の鎮静であれ、基本的症状管理であれ」(p.2253)。つまり「尊厳」が「正義」と同様に、説明原理として無思慮に使用された時の恐ろしさが、警告される。もうひとつ、07年のBMJ(4)の冒頭で引用されているアナトール・ブロイアードの闘病体験を紹介しておこう。アナトールはNew York Times Book Reviewの元編集者であり、89年8月に転移性前立腺がんと診断されて翌年10月に他界した。そのあいだに書き留められたのが『癌とたわむれて』(5)である。アナトールの願う医師像とチョチノフ教授の理想像が重なるところを想像すると、教授のイメージが湧くのではないだろうか(注3)。

 普通の医師にとって、わたしの病気は、彼の日常活動のなかのひとつの出来事です。しかし、わたしにとって、それは人生の危機です。少なくともこの不調和を認識する医師、そういう医師に出会えたらいいと思います。・・・わたしが望むのは、ただ、彼が五分間でいいから、わたしの状況について熟慮すること。一度、全精神をわたしにあたえること。つかのまでいいから、わたしと結びつくこと。わたしの肉体だけでなくわたしの魂をも調べること。わたしの病気を把握すること、です。なぜなら、どの患者も各人各様のかたちで病んでいるのですから。・・・医師は血液検査やわたしの体の骨のスキャンを指示しますが、それと同様に、わたしは、わたしそのものをスキャンしてほしい。わたしの前立腺と同様にわたしの精神をまさぐってほしい。そのような認識がいくぶんなりともなければ、病気以外の何ものでもなくなってしまいます。(邦訳、67-70頁)

 チョチノフ教授の講演は、 Chochinov, HM. Dignity and the essence of medicine:the A, B, C and D of Dignity Conserving Care. British Medical Journal 335:184-187, 2007(4)を中心に据えたものであった。
 第一に、態度Attitude。医療従事者は、患者に対する自らの前提assumption 、もうすこし強い言葉を使えば偏見を絶えず点検することで、自分の態度を修正しなければならないという。自らにすべき質問として、以下のようなものがある。

  • もしも私が患者の状況にあったなら、どのようにそれを感じるだろうか?
  • そのような結論に私を導くものは、何なのか?
  • 自分の前提が正しいかどうか検討したか?
  • 患者への自分の態度がいかに相手に影響するのかを意識しているか?
  • 患者への私の態度は、自分自身の経験や不安、ないし恐れと関連した何かに基づいているのではないか?
  • 医療従事者であるという態度によって、オープンで共感的な職業人としての患者との関係が可能になったり、不可能になったりしていないか?

また、すべき行為として次のようなことが求められる。

  • 上記の質問をすべての患者のケアにおける振り返りの一部に組み込むよう努力すること
  • 医療従事者の態度や前提の問題を議論すること、そしてそのような議論が、症例検討会や臨床教育の必須部分になることで、患者のケアにどのように影響するのかを議論すること。
  • あなたの態度や前提が患者ケアに影響を及ぼした時には、それらに対して挑戦したりそれらを再考させる活動を用意していること。
  • このような問題に関する認識や議論がケア提供の標準的部分となるような文化を、あなたの同僚やケア提供の現場において創造すること

 第二に、いかなる行動Behaviorを心がけるべきか。まずは、心構えとして、「患者と接する時は、それがすべて潜在的に重要な臨床介入であるかのようにおこなうこと」、いつでも敬意を払い親切にすること、そして治癒をもたらす選択肢がないからといってベッドサイドから足が遠のいてはならないと述べられている。診察についても、始める際には必ず患者の許可を得ることや、診察中は(具体的指示や励まし以外は)患者が着衣を済ませるかそれなりに見繕いを済ませるまで、会話を控えることなど具体的である。
 第三に、どのようにして患者に対する思いやりCompassionを維持するのか。その人自身の気もちに触れるには、人間の人生や経験についてよく考えることが要求されるので、小説を読んだり、人間のパトスを描いた芸術や劇、映画を観ることが大切だという(注4)。また、思いやりの表現方法として、表情だけでなく、肩や腕、ないし手に軽く触れることも推奨されている。
 そして最後に、いかに対話Dialogueを続けるべきかが論じられた。その人を認証するために、「これはあなたにとって驚きでしょうが」とか「わたしは、あなたの現状を想像することしかできませんが」あるいは「このような時には、圧倒されてしまうのが自然なことです」などという言葉を添えること。また、患者を知るためには、具体的に「最善のケアを行うために、わたしがあなたについて知っておくべきことは、どんなことでしょう?」とか「人生のこの時期において、あなたにとって最も大切なことは何ですか、また最も心配なことは何ですか?」などと訊くことが、提案された。最後に、精神療法的アプローチとしては、ディグニティ・セラピー、意味中心療法、ライフレビュー/回想法が紹介されている。
 特に印象的であったのは、「思いやり」とは相手の詳細を知ることによって得られるものだという主張において提示されたモノクロ写真/物語である。1865年のリンカーンの葬儀の列を撮った写真には、テオドア・ルーズベルトの生家が写っていて、その二階の窓にはエリオットとテオドアの兄弟が米粒のように見える。史上最年少で大統領になった弟とは裏腹に、兄のエリオットは精神障碍のみならずアルコール中毒に苦しみ、妻が若くしてジフテリアで他界する。そしてエリオットも34歳で飛び降り自殺。つまり、このような細かな出来事を知ることで、ただの写真が忘れ難いものとなるように、患者とのつながりは生まれるのだと。ウィリアム・オスラー(近代医学の父)の息子が戦場でハーベイ・クッシング(クッシング症候群の提唱者である脳外科医)によって治療されたという隠れたエピソードも同様の例として紹介された。
 心理的援助をするとなると、どんな対話を行うべきかということばかりに目が向きがちであるが、その「対話」が最後に置かれていること、つまり対話よりも態度や行動、思いやりのほうが優先されることの重要性を改めて感じさせるとてもよい機会だったと思う。

 質疑応答はいつになく忌憚のないものとなった。まずは医療従事者ではないからこんなふうに感じるからかもしれないがと前置きした男性が「このようないわばあたり前のことをこんな大会場で外国の方を呼んで話をしてもらわなければならないという日本の医療の現状がちょっとおかしいのではないか?」 二人目に中国人女性が「ABCのCはコミュニケーションとした方が良いし、Dはドラッグに変えたらどうか?」と。また、最後に学生の方が、「思いやりを示そうとしてもどうしても相性の悪い方というのがみえるわけで、それを解決する方法を教えて頂きたいのですが」と。教授のコメントはご想像ください。

 講演後、ルーズベルトやオスラーの息子とクッシングの結びつきで「思いやり」を説明したのが最高だとコメントすると、歴史好きの教授らしく少年のように目をキラキラさせて「そうだろう?」と何よりも嬉しそうだった。
 昼食を取りながら、日本ではディグニティ・セラピーをやろうという患者がまだまだ少ないことを話題にした。それは、日本人が自己表現が苦手だったりためらいがあるというだけでは済まない背景があるからだろう。これに関連しそうな文化的差異として、たまたま前日に買い求めた季刊誌『考える人』の自伝や日記の特集記事を紹介しながら、日本と欧米における自伝や日記のあり方について話した。欧米のそれなりの本屋はどこでも自伝/伝記のコーナーがあるくらいその分野が充実しているのに、日本にはそういうコーナーはないものの、日記はとても盛んで公開も進んでいる(現在、世界で7000万件のブログの1/3以上が、日本人によるものなのだ!)。 こういう状況と、ディグニティ・セラピーがたいていライフレビューと勘違いされることが、このセラピーへのためらいを形作っているのかもしれない。だとしたら、宛名の重要性がもっと強調されるべきではないのかか(40代の男性がわたしとのディグニティ・セラピーの最中に、自分には別れた外国人の妻と息子がいることをはじめてそこで口にし、彼女たちにもこの文書を残したいということから、もういちど録音面接を最初からやりなおしたというような経験は、彼らにもなかったようだ)。ライフレビューが基本的に自分のための文書であるのに対し、ディグニティはむしろ家族向けの手紙なのである。
 また、入院患者の場合、許可を得て文書をカルテに貼付することで、病棟スタッフがそれを読むことができ、新しい治療文化の構成に役立つこと(たとえば、デスカンファランスができたり)や、HPでの公開(6)によって自らそれを望む患者も出てくることで、ディグニティ・セラピー普及の糸口は残されていることもなども確認した。
 カナダ系ユダヤ人には、たとえば、レナード・コーエン(シンガー・ソングラーター/詩人である禅僧)とかデイヴィッド・エプストン(ナラティウ゛・セラピスト)のように、わたしにとって興味深い人が多いのだが、何か特殊性があるのかと訊ねると、「特別なことはないはずだけどね」と笑われた。
 最後の話題:日曜の仕事が終わったら、湘南ひらつか七夕祭りか、箱根か浅草か、どこへ遊びに行くのがいいかな?

1) マニトバ州はカナダの中央に位置し、人口118万。ウィニペグ市には、カナダ最初の緩和ケア病棟が聖ボニフェス病院に解説され、現在、三つのホスピスがある。
2) ディグニティ・セラピーは、本邦でも、名市大大学院明智龍男准教授を班長に他施設共同研究として、終末期がん患者における同療法の実施可能性および有用性が検討されている。実例に関心がおありの方は、文献(6)ないし小森康永『ナラティヴ実践再訪』(金剛出版、2008)第6章を参照されたし。
3) 『癌とたわむれて』には引用すべき部分が満載である。以下に一部紹介しておこう。

患者は、なによりもまず、自分の病気を、物語としてストーリーとして扱うべきです。災厄として扱い、意気消沈したりパニックに陥ったりしてはなりません。話をすること、ストーリーを語ることは、病気と苦痛への抗体です。わたしはいろいろな医師によって尿道にスコープを突っこまれましたが、そんなとき、彼らが、現在行っている処置についていろいろ話してくれるとたいへん助かりました。彼らのおしゃべりは、治療行為を変容し人間味あるものにしました。それは、わたしを準備させ、強くし、いくぶん慰めました。どんな話であれ、おぞましい沈黙の苦しみよりはましなのです。(38-39頁)

すべての病者に助言したいのは、病気にたいするスタイルを、あるいは病気にたいする声を作りだすことだ。わたしの場合、自分の病気をもてあそんでいる。病気を蔑んでいる。意図的にそうしたのではない。ひとりでにそういう反応が生まれたのだ。病気にたいしてあるスタイルをもつことで、病者は、自分自身のグラウンドでそれと対決することができる。それを自分の物語のなかの一キャラクターにしてしまうことができる。(89頁)

病気のせいで、自分が損なわれ醜悪になる。ひとは本能的にそれを恐れる。死ぬこと以上にひとを脅かすのは、それだ。自分がモンスターになってしまうのが怖いのだ。わたしは、病気になったら、ひとつのスタイルを作りだすべきだと思う。それが、自分への愛を失わずにすむコツだと思う。自分を愛しつづけることは重要である。それはいいかえれば、生きる意志だ。そしてスタイルは虚栄の道具だ。余裕があるなら、癌患者は新しい衣装をどっさり買うといいだろう。エレガントな、カジュアルな服を買いこむのだ。それはきっと、よい療法、よい肉体的ナルシシズムになるはずだ。(90-91頁)

4) ジャン=ドミニク・ボビー『潜水服は蝶の夢を見る』(講談社)が、トルストイと共に紹介された。前者は、ELLE 編集長で当時42歳のボビーが「ロックトイン・シンドローム」となり、唯一動く左目だけで、書き上げたメモワールである。つい先日、ジュリアン・シュナーベル監督の同名映画もDVD化されたので、未読ないし映画を見逃した方はどうぞ。

文献

1) Chochinov, H.M., et al. Diginity in the teminally ill:a-cross-sectional , cohort study. Lancet 360:2026-30, 2002
2) Chochinov, H.M. Dignity and the eye of the beholder. Journal of Clinical Oncology 22:1336-40, 2004
3) Chochinov, H.M. Dignity Conserving Care: A New Model for Palliative Care. JAMA 287:2253-2260, 2002
4) Chochinov, H.M.:Dignity and the essence of medicine:the A, B, C, and D of dignity conserving care, BMJ 335:184-187, 2007
5) Broyard, A. Intoxicated by my illness and other writings on life and death. Clarkson Potter Publishers, New York, 1992(宮下嶺夫訳、癌とたわむれて、晶文社、1995)
6) アンチ・キャンサー・リーグAnti-Cancer League

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