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ムッシュ・デプレに訊くver.5

目次

はじめに

はじめに

 「ムッシュ・デプレ」とは、「Depression=うつ病」を擬人化したものです。わざわざこんな人形劇を提供するのは、問題の定義において遊び心を加味し、患者さんとご家族、そして医療従事者が問題に対してラディカルに共同戦線を張れればと思うからです。
 この「外在化」という治療概念は、「問題が問題なのであって、人間やその人間関係が問題なのではない(White and Epston, 1990/邦訳、61頁)」という治療公理に簡潔に表現されています。抗うつ薬を三ヶ月のんで治るうつは、いいでしょう。しかし、それが慢性化したとしたら? この公理がピンと来ない治療者との治療は(どんなアプローチであれ)、患者さんにとってつらいものとなるでしょう。なぜか? うつ病が長引けば、問題と患者さんの性格傾向との境界がはっきりしなくなるからです。極端な場合、症状が悪意と解釈されることさえあります。そうなれば、治療は視野狭窄に陥り、リハビリも進みません。ですから、絶えず、問題と患者さんを分けて考える習慣が大切なのです。
 患者さんや患者家族の勉強会などで上演後、第二幕での抵抗エピソードを患者さん自身やご家族から収集し、それを次回の上演に盛り込めると理想的です。新任スタッフ、学生などの教育用、そして患者さんやご家族へのパンフレットとしてもご利用可能と考えています。

第1幕 ムッシュ・デプレはどのように成功してきたのか(1)

わたしが、ムッシュ・デプレです。

精神科医(以下1):皆さん。ムッシュ・デプレ公開インタビューにようこそお集まりくださいました。本日は、うつ病というものについてご本人からいろいろお話をうかがう予定です。はじめまして、私、インタビューをさせて頂く精神科医の小森と申します。
ムッシュ・デプレ(以下2):わたしが、ムッシュ・デプレです。
1:今日は、黒づくめのお衣装ですね。とてもお似合いですよ。
2:めるしー・ぼくう。しかし、こころの中じゃ、わたしそのものの暗さだとでも思ってるんだろ? 
1:そんなふうにおっしゃらないで下さい。黒は、神秘的なあなたにぴったりで、インタビュアーとして思わず力が入りますよ。
2:(満更でもない顔で)そうか、まあよい。ところで、日本でのわたしの勢力について、おまえたち精神科医はどう感じているのかね?
1:すさまじいのひと言です。10万人以上の人々があなたの支配下にいるのです。今日は是非とも、あなたのお仕事の核心に迫りたいものです。
2:まあ、企業秘密でなければ、できる限り話してやろう。どうせ、おまえたちが、わたしをなんとかしようとしても、とうてい不可能だからな。

第1幕 ムッシュ・デプレはどのように成功してきたのか(2)

患者さんをどのように変えるのですか?

1:ご協力ありがとうございます。では、本題に入らせていただきましょう。ムッシュ・デプレ、あなたは、いわゆるうつ病の患者さんたちの人生に大きな影響力を誇ってみえますが、患者さん自身をどのように変えるのですか?
2:無粋な! いかにも単刀直入だねえ、まあいいだろう。まず手はじめに、夜、眠れないようにするんだ。現代人は忙しいからねえ、明日は何するこれするって予定が一杯だろ? なのに眠れないとなったら、あせって余計眠れないというわけさ。そうこうしているあいだに食欲も減らしてやるんだ。眠れなくて、食欲がなくなれば、疲れやすくなり、からだはだるく、気力も出なくなるのは当然だろ? 結局、なんとかしようとあがいているうちにエネルギーは消耗し、自分でも気づかないうちに、うつっぽくなるんだ。どうだ、恐ろしいだろう! わたしは何も、力づくで仕事をするわけじゃない。人間どもの反応をちゃんと計算に入れてやっているのさ。日本には柔道や合気道というものがあるだろう? あれだよ。おっと、何でこんなことまでわたしは喋っているんだ?

第1幕 ムッシュ・デプレはどのように成功してきたのか(3)

感情は?

1:さすが日本通でもいらっしゃる。では、患者さんの感情は、どのように変えるのですか?
2:さっそく、わたしの本質に迫ろうというわけだね。ポイントはふたつだ。わが名のとおり、気分を沈ませ、憂うつにし、落ち込ませることがひとつ。もうひとつは、何をしてもつまらなく何事にも興味が持てなくさせることだ。このようなイメージ通りの意気消沈路線とは逆に、イライラしてじっとしていられなくさせたりもする。男性の場合など、酒の量がぐんと増えて、暴力に及ぶこともあるから、わたしの勢力を伸ばすのに役立つねえ。患者が暴力をふるえば、家族の気持ちは患者から離れていくからねえ。

第1幕 ムッシュ・デプレはどのように成功してきたのか(4)

考えにはどんな邪魔を?

1:では、患者さんの考えにはどんな邪魔を?
2:物ごとを決められないようにする。集中力をどんと下げてやるのさ。本も読めない、テレビも見れないくらいにね、そうなれば、わたしに対して理論武装もできまい。自分には価値がないとか、周りに迷惑をかけていると強く感じさせたりもする。
1:そうですか、いろいろな手で患者さんの考えや感情を乱すことができるのですね。ところで、患者さんも自分なりにそういったことに対処しようと工夫するものですが、それはどうなさるのですか?
2:そんな工夫をする奴には、パニック発作なんかでビビらせてやるよ。そうすれば、自分で対処法を考えたりしなくなるからね。薬を飲めばよくなるというのは、はじめのうちだけだ。治療の後半、リハビリでは、患者自身の積極性が求められる。そこがうまくいかないよう、先手を打っておくんだよ。ああ、うれしいね。最後に、奥の手として、もう楽になりたい、つまり死にたいという気もちにもさせるんだ。

第1幕 ムッシュ・デプレはどのように成功してきたのか(5)

人間関係は、どのように変えるのですか?

1:それは恐ろしいですね。ところで、患者さんの人間関係は、どのように変えるのですか?
2:いいか、わたしのすごさは、さっきも言ったように、わたしが人間たちの行動パターンを熟知しているところだ。人間関係など、変えるまでもない。もしもあんたの友だちが暗い顔をしていたら、どうするかね?
1:そりゃ、どうしたのかと訊きますよ。
2:そうだろう。ご本人は自分が他人から見てもわかるほど落ち込んでいたのかと、まずガックリくるね。そのうえ最後は、「がんばってね!」のひと言だ。その時点で、ご本人はもう十分頑張っているんだよ。なのに、そんなこと言われたら、「自分はがんばりが足りないんだろうか? 自分は人間的に弱いか、どこか欠陥があるんじゃないか?」と思い悩む。どうだ、なかなかいいシナリオだろ? そうなると、人とは会いたくなくなるのさ。
家族と同居している場合、家族が患者のことをナマケモノだとかグウタラだと言ってくれると、ありがたいね。そんな家族は、わたしの完全な支配下にいるわけだ。

第1幕 ムッシュ・デプレはどのように成功してきたのか(6)

あなたの使われる罠は?

1:家族の無理解までもが、あなたの手下だったのですね。さて、あなたが患者さんから人生を奪おうとする時にあなたの使われる罠・・・
2:わーなー?(強く反感を表明)
1:いえ、その、戦略とかテクニックというものについてお話し願えませんか?
2:まあ、いいだろう。あんたがた月並みな人間に限って、わたしがやるような見事な技術をみると、やっかみ半分にいろいろ言うもんだ。わたしの最も信頼するテクニックは、マイナス思考だ。おまえは喉がカラカラで、水はコップに半分。さて、まだ半分水が残っていると考えるか、もう半分しかないと考えるか。もちろん後者がマイナス思考だ。現実は同じだが、解釈が違う。こいつは、非常にリアルだ。あんたがたのようなへぼ医者の説得なんて、目じゃないね。
1:なんと辛辣な!
2:ふふふ、そうだろう(かなり得意気)。思考は感情を左右する。ただし、粘り強い思考にはかなわない。たとえば、私も四六時中同じ勢いで責めるわけじゃない。だから、患者の対処法次第で、私を追い払えることは、毎日の生活をちょっと振り返ればわかることなんだ。

第2幕 ムッシュ・デプレはどのように失敗していくのか(1)

認知の問題には、行動レベルで介入するのが一番正しい

1:なんだ、そうだったのか! あなたがマイナス思考を使って患者さんを惑わせる時、患者さんの中には、たとえば散歩に出たら気分転換になると気づいて、マイナス思考がやってくると外へ出て、その手に乗らない人がいます。あれは、患者さんの自前の対処法だったんですね?
2:ああ、苦々しい! 他にも、音楽を聴くと、マイナス思考から逃れられたり、心が落ちつくって言う奴もいる。アップルがiPodなんか作るからいけないんだ。認知の問題には、行動レベルで介入するのが一番正しいなんて、患者には絶対教えないでくれよ。

第2幕 ムッシュ・デプレはどのように失敗していくのか(2)

未来に希望をつなぐ

1:もちろん伝えますよ。こういう話もよく聞きます。あなたが患者さんを暗い過去で押し潰そうとするとき、患者さんの中には、うつにも晴れ間があることを改めて認識する人がいます。そして、それが一度認識されると、他にもいくつか思い出すのです。
2:ああ、そのくらい知っているよ。患者には自らの失敗の歴史にどっぷり浸かっていてほしい。持ち前の真面目さを大いに利用してな。あの時、ああしなければよかったと後悔の海に溺れてほしいんだよ。ところが、あれは偶然だったとか、自らを情状酌量する奴がいる。揚げ句の果てに、未来に目を向ける者までいる。未来に希望をつなぐなど、とんでもないことだ!
1:「未来に希望をつなぐ」、素敵な言葉ですね。あなたの支配は、大方成功していますが、完全というわけではありませんね。たとえば、あなたの気配を感じて、病院を受診する人がたくさんいます。
2:誰でも、完全というわけにはいかないからね。あれは、いまいましいと思っているよ。製薬会社の「うつはこころのかぜ」とかいうCMは、あまりにもわたしを過小評価しておる。名誉毀損で訴えてやりたい。精神科のクリニックも雨後のタケノコ、もうちょっと敷居は高くあるべきじゃないかね、まったく。わたしは理解に苦しむよ。

第2幕 ムッシュ・デプレはどのように失敗していくのか(3)

女性がお好きだと?

1:そうですか、あなたほどの方でも支配しきれないところはあるわけですね。ところで、あなたは女性がお好きだと聞いていますが、本当ですか?
2:ああ、その通りだ。これでも、わたしもまだ男だからね。わたしの支配下にいる女性は男性の2倍だ。インド以外はね。どうしてこうなったか自分ながら、よく憶えていないがね。
1:支配も案外ルーズなんですね。
2:なんだと?
1:いえいえ、こちらの独り言です。ただ、ここが突破口になるかもしれません。2倍というのは、誤差ではあり得ない。女性の多さは、出産や閉経による女性ホルモンの動きだけで、説明できるのですか? 欧米の調査法からすると、軽いうちに受診するからではないですね? 自殺は男性のほうが圧倒的に多いのに、自殺未遂は女性に多い。女性があなたの餌食になりやすいのは、もともと大人しい女性が好まれるという文化的背景によるのでしょうか?
2:そういう、ねちっこい考えが嫌いなんだよ!

第2幕 ムッシュ・デプレはどのように失敗していくのか(4)

苦手なタイプの患者さんというのは、いますか?

1:苦手なタイプの患者さんというのは、いますか?
2:ああ。忍耐のある奴は、大嫌いだ! 一度うまくいかなかったらあきらめればいいものを、少々のことではへこたれない奴がいる。たとえば、5年もうつが続いているのに、なんで今さら治療しようなんて思うんだ? それに、徹底的に試行錯誤する奴にも、世話が焼ける。わたしの権威を押しつけても、すんなりあきらめないで、いろんな工夫をするんだ。
1:ところで、あなたの願望をくじくのに、家族や医療関係者には、どんな手助けができるのでしょう?
2:知らばっくれるんじゃないよ。今、こうして、集まっているようなことをするんだよ。「この患者は重いうつだ」といってあきらめる代わりに、わしが張本人だといって、対抗策を練るんだろう? 薬をしっかりのんで、ゆっくり休めば、急性期は乗り越えられるから、そうすれば、リハビリにつなげられるってことだろ? ああ、嫌だね。かまととぶりやがって。自分は、病人の世話なんて真っ平だって、素直に言えばいいじゃないか。(マイクを蹴飛ばす)

第2幕 ムッシュ・デプレはどのように失敗していくのか(5)

あなたの弱みにつけ込むとしたら?

1:まあ、そんなに興奮なさらないで。その話は、また次回にでもいたしましょう。ところで、もしもですよ、患者さんたちがあなたの弱みにつけ込むとしたら、どんなことができますか?
2:これが最後だろうな! さっきも言ったように、試行錯誤をねばり強く続けることだよ。どの薬をのむか、どのくらいの量を、どのくらいの期間のむかというようなことはもちろん、仕事はいつから、どの程度できるのか、家族にはどんな援助をしてもらうのか、どれも試行錯誤するしかないわけだ。そんなことなどしないで、うつ病の予後は不良だと信じ込んで、すべての努力をあきらめてくれさえすれば、手っ取り早いのによ。薬だって、ルボックスだかレッドソックスだか知らないが、アステラスだかカフェテラスだかいう会社が、作ってるだろう? 「副作用を減らして、強迫症状も消す」だと? しゃらくさい! 何が「SSRIの時代」だ!!! 新薬開発のような手間と金がかかることは、止めちまえばいいんだ!!! ああ、気分が悪くなってきた。
1:大丈夫ですか?

第2幕 ムッシュ・デプレはどのように失敗していくのか(6)

わたしは、もう帰る!

2:わたしは、もう帰る! こんなところへは、二度と来るもんか!
1:そうですか。どうもろくなおもてなしもできませんで、申し訳ございませんでした。
(ムッシュ・デプレ不機嫌な顔で、『ようこその唄』に合わせて、退場)

文献

White, M. and Epston, D.: Narrative means to therapeutic ends. W.W.Norton, New York, 1990 ホワイト、エプストン:物語としての家族、金剛出版、1992
尚、このような外在化/擬人化を用いた心理教育を他の病気について実践してみたい方には、下記の文献にその骨組みが記載されています。
ホワイト「問題の外在化についての覚え書き」(ホワイトとデンボロウ編『ナラティヴ・セラピーの実践』金剛出版、2000に所収*)
エプストン「問題をはらんだ関係について問題に相談する」(エプストン『ナラティウ゛・セラピーの冒険』創元社、2005所収)
また、その実践例は下記の通りです。
CARE カウンセラーとスリープ「少しずつ私たちは結束する」*/エイズ
ウィンガード「シュガー」の紹介*/糖尿病
ウィンガード「悲しみ」*/拘留死
小森康永、山田勝:精神分裂病の家族心理教育におけるナラティウ゛・アプローチ、家族療法研究、18(2):143-150, 2001/統合失調症
アンチ・キャンサー・リーグ/ダンシング・ウィズ・ミスターD、http://www.pref.aichi.jp/cancer-center/200/235/index.html./死
Institut fur systemische therapie Wien: Ana Ex, Carl-Auer, 2008(DVD)/摂食障害

ご清聴ありがとうございました!

ご清聴ありがとうございました!

脚本・製作

小森 康永

人形

ラファエル・ナパス

精神科医:小森 康永
ムッシュ・デプレ:山田 勝

挿入歌

ようこその歌
詞曲:小森 康永
歌:愛知県がんセンター緩和ケアチーム
ピアノ:一世

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