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パナマにおける謎の疾病
原因はジエチレングリコール

2006年11月28日

本年9月以降、パナマで多数の死者が出た謎の疾病の原因について、米国疾病予防管理センター(CDC)から「CDCがパナマの謎の疾病の解決を支援」と題するニュースが配信されました。

CDCの国立環境衛生センター(NCEH)の科学者らは、本年9月以降、パナマで多数の死者(10月26日現在、パナマ保健省の発表では34名の死者)が出た謎の疾病について、パナマ社会保障機関(政府機関)が製造した無糖咳止め・抗アレルギーシロップ剤に混入されたジエチレングリコールが原因であったことを突き止めました。疾病は下痢と発熱で始まり急性腎不全、麻痺、死亡に至るもので、患者の多くは60才以上の男性でした。パナマ保健省は医師らの疾病報告に基づき対応を協議し、米国CDCや米国食品医薬品局(FDA)などに原因究明のための国際協力を要請しました。

ジエチレングリコール

エチレングリコール(HOCH2CH2OH)2分子が脱水縮合したHOCH2CH2OCH2CH2OHの化学構造式で示される水溶性の無色無臭の粘稠な吸湿性液体で、甘味があります。医薬品原料、食品添加物としての使用が認められている国はありません。工業用溶剤、ブレーキ液、不凍液、燃料添加剤などさまざまな用途に用いられています。中毒例の多くは経口摂取によるものであり、中毒症状は吐き気、嘔吐、頭痛、下痢、腹痛で、大量のジエチレングリコールに暴露されると腎臓、心臓、神経系に影響を及ぼします。ヒトに対する経口致死量(LD50)は1000mg/kg体重です(医歯薬出版且Y業中毒便覧増補版pp775参照)。

名前のよく似た化合物にプロピレングリコール(CH3CHOHCH2OH)がありますが、これは食品衛生法で使用が認められている食品添加物です。生めん、いか薫製品に2.0%以下、ギョウザ・シュウマイ・ワンタン・春巻きの皮に1.2%、その他の食品に0.60%以下の使用基準があります。静菌効果や保湿効果を期待して食品に添加されます。

当初はウェストナイルウィルスか、デング熱か、インフルエンザかといった不確定情報が飛び交っていました。家族内や医療従事者に発症がみられなかったことから、これは感染性のものではないことが示唆されましたが、CDCチームは感染症の可能性も調べると共に、患者宅で見つかった高血圧用の薬や咳止めシロップなどの医薬品を分析しました。CDCチームがパナマに到着して9日後にジエチレングリコールが原因物質として浮かび上がり、疫学調査の結果、咳止めシロップが患者らに見られる共通因子のひとつであることが判明しました。

パナマ保健当局は、ジエチレングリコール混入医薬品及び混入の疑いがある医薬品を病院から直ちに回収すると共に、国民に対してそれらの使用を中止するよう緊急告知しました。問題の医薬品はすべてパナマ社会保障機関の工場で製造されたものであり、現在、これらの医薬品になぜジエチレングリコールが混入したのか、その原因について故意、事故等の観点から調査が進められています。

なお、同様な事件が10年前にハイチでも発生しています。1995年11月から1996年6月にかけて109人の子供が急性腎不全などを患い、そのうち88人が死亡しました。CDC、FDAなどとの共同調査の結果、ハイチ当局はアセトアミノフェンシロップに配合されたグリセリンがジエチレングリコールで汚染されていたこと、また、このグリセリンは中国から輸入されたものであったことを発表しました。(詳しくはこちら

パナマの事件が、故意なのか、製造管理不備に起因するものであったのか、その原因の所在は公式発表を待たねば解りませんが、有識者からは製造所における品質管理、製造管理が不十分であったのではないかと指摘されています。

ところで、わが国において、このような不良医薬品が販売される可能性はあるのでしょうか。わが国においては、このようなことが起きないように、医薬品の品質安全性を確保するため、次のように法整備され、これに従って医薬品が製造販売されています。

即ち、医薬品を製造販売するには薬事法により厚生労働大臣の許可が必要です。また、品目ごとに製造販売承認を厚生労働大臣から受けなければなりませんが、その承認要件のひとつに「医薬品の製造管理及び品質管理の基準(GMP:Good Manufacturing Practices)」に適合していることが挙げられます。従って、医薬品の製造業者は、医薬品の適正な製造管理を行なうために、このGMPに適合することが義務づけられています。GMPにおいては、製造管理者の監督の下に製造管理部門及び品質管理部門の業務が適正かつ円滑に遂行されることが求められます。また、製品ごとに製品標準書を作成・保管することや製造所ごとに作成・保管される手順書等に従い製造管理及び品質管理が適正かつ円滑に実施されなければなりません。なお、製造管理及び品質管理が適正かつ円滑に実施されているかは、薬事監視員が製造所へ立ち入り検査(監視指導)することにより確認されています。当所では、県内医薬品製造メーカーのGMP適合性調査において、県庁医薬安全課の薬事監視員に同行して、特に品質管理部門に対する指導助言を行なっています。


ワインとワイングラス

医薬品に限らず、食品でもジエチレングリコールに振り回された事件がありました。

1985年、オーストリアにおいて、極甘口のデザートワイン市場に目を付けた一部のワイン業者が、糖度の足りないワインに数g/L濃度でジエチレングリコールを混ぜて市場に出していたことが発覚しました。これを機にわが国でも検査が開始され、ジエチレングリコール混入輸入ワインが発見され、その後、輸入品に止まらず国内品からもジエチレングリコールが検出されました。国内メーカーが故意に添加した事実がなかったことから、外国産のバルクワインが国産ワイン原料として使用されていたことが明らかとなりました(原産地を偽装表示したワイン)。ジエチレングリコールは甘味があり、粘度の高い無色の液体ですので、日常消費する普通のワインにこれを添加すると甘くとろりとした舌触りになり、高級感を感じさせることができたようです。

なお、この事件で健康被害の報道がなかったことは幸いでした。ちなみに当所でも85年当時、西ドイツおよびイタリア産ワイン152検体を検査しました。その結果、3検体から0.01〜0.03g/Lのジエチレングリコールを検出しましたので、当該品は輸入元を管轄する自治体によりすべて処分されました。

ここ数年来、食の安心・安全が強く叫ばれていますが、食品の安全性の確保はどのようにして行なわれているのでしょうか。宇宙飛行士たちの食事は絶対に安全でなければなりません。そこで、アメリカ航空宇宙局(NASA)は、食品の安全性を確保する方法として、HACCPHazard Analysis and Critical Control Points、危害分析・重要管理点)方式を考案しました。この方法は、最終製品の検査によって安全性を保証しようとするのではなく、製造における重要な行程を連続的に管理することによって一つ一つの製品の安全性を保証しようとする衛生管理の方法です。国際的にもその導入が推進されていますが、わが国では平成7年に「総合衛生管理製造過程の厚生労働大臣承認制度」としてHACCP方式による衛生管理が食品衛生法に盛り込まれました。現在、愛知県内の12の食品製造メーカーがこの承認を受けています。(詳しくはこちら

(衛生化学部医薬食品研究室)

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