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恐ろしい蚊による感染症
2006年5月1日![]() 1999年、アメリカ合衆国のニューヨーク市で突然カラスが大量に死に始めました。ウエストナイルウイルスの北アメリカへの侵入の始まりでした。その年に62人の患者と7人の死者を出したウエストナイル熱(脳炎)は、その後も毎年流行地域を中部・南部にと拡大し、2002年には中部から西部に迫る勢いで広がり、4,156人の患者と284人死者を出す大流行となりました。昨年も流行は更に拡大し、CDC(米国疾病対策センター)の集計ではコロラド州の患者数2,947人(うち死者61人)を筆頭に、届けられた患者数は約9,800人、死者は262人.に達しました。2003年末までの5年間で、全米の患者数は14,163人、死亡者数は564人となり、患者発生の報告がないのは米国西海岸のワシントン州、オレゴン州、それに、アラスカ州とハワイ州の4州のみとなりました。 ●愛知県内のカラスの死亡報告状況はこちら ![]() イラスト提供:KINCHOホームページ ウエストナイル熱(脳炎)はウイルスが蚊によって媒介されて感染するため、我が国ではウイルス保有蚊侵入を防ぐ目的で空港検疫所が蚊の捕獲検査を実施し、監視体制が敷かれています。また、我が国に生息する蚊のほとんど(14種類程度のうち11種類)がウエストナイルウイルスを感染させることができるとされているため、一度侵入すると猛威を振るうのではと懸念されています。 さて、普段から私たちは蚊に刺されることに悪い意味で慣れっこに、少なくとも病気との関連で蚊に刺されることを心配しなくなっています。刺されると痒いですから、蚊取り線香を焚いたり、夜は蚊帳を吊ってその襲撃から逃れる工夫をしてきました。 ![]() でも、本当に怖いのは蚊が感染症を媒介することです。昭和20年代後半にはコガタアカイエカが媒介する日本脳炎の撲滅にむけ、ワクチンの開発に努力が傾けられました。今でこそ国内での日本脳炎の発生はあまり耳にしなくなりましたが、昭和30年代には毎年500〜1,600名という多数の死亡者が報告されていました。現在でも、東南アジアの米作地帯では毎年5万人以上(WHO資料)の患者が発生しており、蚊が恐ろしい感染症である日本脳炎を媒介する重要な担い手であることに変わりはありません。そこで、最初に述べたウエストナイル脳炎(熱)以外にも、海外への旅行が盛んとなった現在では日本脳炎以外にも蚊が媒介する重篤な感染症にかかる危険が少なくないことを知り、その知識を基に、蚊が媒介する感染症の予防に役立ていただきたく、以下に、蚊が媒介する主な感染症とその簡単な症状などを概説します。 1 ウエストナイル熱 (ウエストナイル脳炎)
アフリカ、南ヨーロッパ、中東に分布していましたが、1999年以降北米にも発生がみられるようになりました。ウイルスは鳥と蚊の間で感染環が維持され、蚊を介してヒト、ウマなどに感染します。ウイルスに感染した蚊に刺されたとしても、多く(80%程度)の場合、感染はしたものの症状の出ない不顕性感染の形をとり、次に比較的軽い症状を示す通常型がみられ、脳炎や髄膜炎などの重い症状が出現するのは感染を受けた人の1%未満とされています。 ここ1〜2年、国内においてもウエストナイル熱(脳炎)が注目されている理由は、1999年のニューヨーク侵入以降、アメリカ合衆国内における流行がその患者数及び流行地域を爆発的に拡大しただけでなく、2002年の大流行では中西部を中心に患者数4,156人、死者数284人、昨年は流行地域がついにロッキー山脈を越え西海岸の州に及んだだけでなく、流行はさらに拡大し9,858人の患者が発生し、262人が死亡するという大流行となったことによります。今年もすでに7月20日現在でアリゾナ、カリフォルニアを中心に12州から182人の患者と4人の死亡が報告されています。特に観光客も含め日本との交流が非常に盛んなカリフォルニア州には、昨年ウイルスが本格的に侵入しましたが、今年は5月中旬からウエストナイルウイルス感染による鳥の死亡が目立ちだしました。過去の流行の経験から「2年目現象」と呼ばれるように2年目に多くの患者が出ていることから、今夏はカリフォルニア州で患者が急増することが危惧されています。 ウエストナイルウイルスは我が国に生息する多くの蚊が媒介することが可能なことから、一度国内にウイルスが侵入すると大流行する可能性も少なくありません。しかしながら、万一アメリカからの帰国者、観光客が国内でウエストナイル熱(脳炎)を発症したとしても、患者(感染者)を刺した蚊から別の人が感染する可能性はありませんので、パニックになる必要はありません。 我が国では北米におけるウエストナイル熱の大流行を受け、平成14年10月に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の施行規則の一部改正がなされ、ウエストナイル熱(脳炎を含む)は4類感染症に指定され、診断した医師は都道府県知事に届け出なければならないことになりました。また、流行予測のために死亡カラス情報の収集も平成14年12月から実施されています。 当衛生研究所では、全国の地方衛生研究所と国立感染症研究所(感染研)が昨年度に連携して立ち上げたウエストナイルウイルスの遺伝子の検査体制に参加し、更に患者血清を用いた血清診断も実施できるようにELISA法とよばれる検査法を用いた血清学的検査体制も整えています。また、ウエストナイルウイルスにウイルス学的には非常に似ている日本脳炎ウイルスの検査体制(遺伝子鑑別、血清中のHI抗体検索)も整えています。
2 マラリア
アフリカ、南アメリカ、東南アジア等を中心とした亜熱帯や熱帯地域の主として辺地で現在も大流行をしています。感染者は年間約3億人、死者は150〜300万人で、そのおよそ95%がサハラ砂漠より南のアフリカで発生しています。我が国においても、2001年には109例、2002年には83例、2003年には77例、2004年には73例の患者報告があり、その大部分はアフリカや東南アジアの奥地などの流行地域で感染した人が日本へ帰国後、発症した輸入マラリアと考えられています。
![]() 3 デング熱
東南アジアや中・南米、それに、アフリカなどの熱帯地域に常在していますが、ここ数年世界的に発生数が激増し、昨年のWHOの推計では全世界で毎年50万人以上の患者が発生しているとされています。日本では、2003年に32例、2004年には45例の患者が報告されていますが、実際はその10倍程度の患者がいると考えられています。媒介する蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ)は、空き缶の水のような少しの水たまりでも発生するため、マラリアと異なりシンガポールなど衛生状態の良い都市部でも流行し、日本人旅行者が感染する機会もマラリアよりはずっと高いと考えられます。また、感染してもかなりの割合で症状が出ない不顕性感染で終わるとされていますが、どの程度の率かはよくわかっていません。マラリアを媒介するハマダラカが夕方から朝にかけて人を刺すのと対照的に、デング熱を媒介するシマカなどは日中に人を刺しますので、注意が必要です。発症すると手や足の皮疹、高熱、関節痛、目の奥の痛み等が出ますが、一部(3〜5%)では出血傾向を主症状とする重症なデング出血熱となり、さらにデングショック症候群とうい重篤な症状に進む場合もあります。出血熱となった人の致死率は数%とされています。このような重症なデング熱であるデング出血熱は、2度目以降の感染で発症することが多いとされていますので、発生地域へ何度も旅行される方は特に蚊に対する防御策が必要です。
4 日本脳炎
南アジア〜東南アジアを経て中国南部へ至るアジアモンスーン地帯に広く分布しています。流行は先ずブタの間でウイルス感染が拡がり、媒介蚊がブタを吸血し、再度ヒトを刺すことによってヒトの間に流行がみられるようになります。多くは不顕性感染ですが、感染者のうち、脳炎の発症率は300〜3000人に1人と言われています。日本でも、昭和30年代には毎年500〜1,600名程度の死亡者が報告されていましたが、現在では10人(死亡者は0〜数名)以下の発生しかありません。また、重篤な後遺症が多くの回復者にみられると報告されています。 一方、WHOは世界では毎年少なくとも5万人以上が発病し、このうち1万人以上が死亡するとしています。世界で発生している日本脳炎の大多数が東南アジア(フィリピン、タイ、ヴェトナムなど)や南アジア(インド、バングラデシュ、ネパール等)の米作地帯でかつ豚を飼っている農家が集中している地域で発生しています。したがって、このような地域へ冒険旅行、ボランティア活動などで出かける人は、非常に有効かつ副作用のほとんどない日本脳炎の予防接種を受けることが勧められますので、一度専門の医師にご相談ください。
5 チクングニヤ
日本では馴染みのない疾患ですがトガウイルス科アルファウイルス属に属するチクングニヤウイルス(Chikungunya virus)が原因の、発熱および関節炎を主症状とする感染症です。アルファウイルス属にはこの他にも西部ウマ脳炎ウイルスなど、蚊によって媒介される病原ウイルスが知られています。チクングニヤウイルスは蚊によって媒介されます。イエカ(Culex属)、ネッタイシマカ(Aedes aegypti)、およびヒトスジシマカ(Aedes albopictus)が媒介し、アフリカおよび東南アジア、南アジアに分布することが知られていました。
さらに4月21日にはインドからも集団発生が報告されています(CDCの関連記事はこちら)。 チクングニヤは発熱、悪寒、頭痛、嘔吐、関節痛、発疹などデング熱によく似た症状を引き起こしますが、デング熱とは異なり、通常出血やショック症状を起こすことはないとされていました。しかしながら今回レユニオンでの大流行ではチクングニヤ発症に関連すると思われる死者が100名以上報告されています。 予防ワクチンや抗ウイルス剤はなく、流行地では蚊に刺されないよう個人による十分な対策(薬剤塗布、長袖の着用など)が必要です。 |