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大正ロマンを求めて新城市内の旧黄柳橋(きゅうつげばし)と、三河大野を散策しました。

ページID:0077127 掲載日:2014年10月29日更新 印刷ページ表示

 平成26年10月23日(木)に、大正時代に建造された新城市乗本の黄柳川にかかる旧黄柳橋と歴史を感じる三河大野の町並みを散策しました。

 最初は、旧黄柳橋です。鉄筋コンクリート造アーチ式で、同形式の橋としては大正時代を通じて全国一の規模を誇っていたようです。平成10年に土木構造物としては県下で初めて登録文化財に指定されました。現在は、車道としての役目は終わり、歩道橋として利用されています。

旧黄柳橋

全長約51メートルの旧黄柳橋です。

新と旧の橋

左が旧黄柳橋で、右が現在の黄柳橋です。

黄柳橋のアーチ

新しい黄柳橋横の階段を下りて旧黄柳橋を見上げてみました。柱が強度、耐震性を考慮して井桁状になっているのは全国的にも例がないようです。

 次は、三河大野地区の町並みです。江戸期に秋葉山と鳳来寺山等を結ぶ「秋葉街道」の宿場町として栄え、のちに豊橋と別所(東栄町)を結ぶ別所街道も整備され、両街道が交差する交通の要衝として賑わったようです。今でも旧大野銀行や、格子戸のある明治、大正時代の民家などに当時の面影が偲ばれます。
大野の町なみ

雨上がりの町並みです。ところどころ軒先にベンチや水瓶が置いてある家があります。水瓶は防火用だそうです。

旧大野銀行

大正末期に建てられた旧大野銀行本店です。国の登録有形文化財建造物に指定されています。

大野銀行と旅館

旧大野銀行本店の隣に旅館があります。この旅館は、旧大野銀行よりさらに前の江戸末期から明治の初期に建てられたもののようで、数件あった旅館も今は一軒を残すのみだそうです。

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問合せ

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E-mail: shinshiroshitara@pref.aichi.lg.jp