愛知県衛生研究所

ESBL産生菌とは?

2003/11/10 (2023/3/31更新)

Extended Spectrum beta(β)-Lactamase(ESBL:基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌は薬剤耐性菌の一種で、遺伝子変異によりβ-ラクタム系薬だけでなく、第三世代・第四世代セファロスポリン系薬まで分解可能となったβ-ラクタマーゼを産生する細菌のことをいいます。

ESBLを産生する菌種は、主に肺炎桿菌や大腸菌ですが、セラチア、エンテロバクター、その他腸内細菌科細菌も産生することがあります。

β-ラクタム系薬とβ-ラクタマーゼ

β-ラクタム系薬は骨格にβ-ラクタム環を有する抗菌薬の総称で、ペニシリン系、セファロスポリン系、カルバペネム系などが存在します。本薬は、細菌の細胞壁(ペプチドグリカン)の合成酵素群を阻害することで殺菌作用を示します。

セファロスポリン系薬は抗菌スペクトルが世代ごとに異なるという特徴があります。第一世代はグラム陽性菌のみに効果を示します。第三世代は、第一世代、第二世代よりも抗菌スペクトルが広く、グラム陰性桿菌などに対しても効果を示しますが、その反面、グラム陽性菌に対する抗菌力は減っています。

これらのβ-ラクタム系薬に対する耐性菌は、β-ラクタマーゼと呼ばれるβ-ラクタム環を加水分解する酵素を産生することでβ-ラクタム系薬に対し耐性を示します。β-ラクタマーゼはアミノ酸配列によりクラスAからクラスDの4系統に分類され、クラスAがペニシリン系を、クラスBがカルバペネム系やセファロスポリン系を、クラスCがセファロスポリン系を、クラスDがオキサシリンを含むペニシリン系を、それぞれ加水分解する基質特異性を有しています。

ESBLはクラスAまたはクラスD β-ラクタマーゼの構造遺伝子変異によって基質特異性が変化することで、本来分解しないはずのセファロスポリン系も分解します。この耐性遺伝子の多くはプラスミド上に存在しており、接合伝達によって腸内細菌科の同一あるいは異なる菌種間で耐性遺伝子が伝達し、幅広い菌種に伝播(水平伝播)することが危惧されています。

ESBL産生菌の検出法

抗菌薬の有効性や耐性はブレイクポイントと呼ばれる治療効果を予測するための基準値を基に判断します。日本の多くの施設ではアメリカのClinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)が提唱しているブレイクポイントが採択されています。

CLSI M100-ED32:2022によれば、肺炎桿菌、大腸菌が、セフポドキシム(CPDX)、 セフタジジム(CAZ)、アズトレオナム(AZT)、 セフォタキシム(CTX)、 セフトリアキソン(CTRX)のいずれかに耐性を示した場合ESBL産生菌であることを疑います。次いで、CAZ及びCTXにおいてそれぞれ単剤とβ-ラクタマーゼ阻害剤であるクラブラン酸(CVA)を添加した合剤で確認試験を行い、単剤に比べCVA合剤で耐性が減弱した際に、ESBL産生菌と判定されます。

なお、PCR法で耐性遺伝子を検索することも可能ですが、検索しなければならない耐性遺伝子の種類が多いため、検査室では感受性試験による方法が一般的です。

ESBL産生菌の動向

ESBL産生菌は1980年代に欧州で最初に発見され、その後、欧米でも検出が相次いだため、問題視されました。日本では海外に比べ検出率が低い傾向にありましたが、2000年代から増加傾向にあります。本邦で最も検出されるESBLはCTXを分解するタイプです。

大腸菌におけるCTX耐性率は2008年には9.0%でしたが、耐性率が毎年1~3%ずつ増加し、近年では耐性率は25%を超える状況にありますので、今後も注意が必要です。(図参照)(厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)公開情報 検査部門 年報より引用)

大腸菌における第三世代セファロスポリン系薬セフォタキシム(CTX)耐性率の棒グラフ
図.大腸菌における第三世代セファロスポリン系薬セフォタキシム(CTX)耐性率
2014年の耐性率の著しい増加は、CLSI2007がCLSI2012へ変更されブレイクポイントが大きく引き下げられたことに起因します。

ESBL産生菌の問題と対策

ESBL産生菌は健常人の腸管内からも検出されることはありますが、健康上の問題となることはありません。しかし、免疫力の低下した患者が多い病院の集中治療室(ICU)などでは、敗血症、髄膜炎、肺炎、創部感染症、尿路感染症などを引き起こすことがあります。また、ESBL遺伝子は水平伝播しやすいため、医療従事者の手指や医療器具・リネン類等を介して、幅広い菌種に伝播し、病院内の患者間で広がる可能性があり、院内感染の拡大を防止することが課題となっています。

したがって早期にESBL産生性を確認し、ESBL産生菌が分解できないセファマイシン系薬やカルバペネム系薬など適切な抗菌薬を投与することが肝要です。抗菌スペクトルに合わせた適切な抗菌薬の使用は治療効果を高めるだけでなく、新たな耐性菌出現の抑制にも繋がります。