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スペシャルコラム

阿川佐和子

阿川佐和子さんプロフィール
1953年11月1日、東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、小説家、エッセイスト、女優、インタビュアーとして多方面で活躍。2012年から父で作家の阿川弘之さんの介護が始まり、現在は91歳で認知症の母親を介護中。著書に170万部突破の大ベストセラー「聞く力」(文春新書)、「強父論」(文春文庫)、「ことことこーこ」(KADOKAWA)、「看る力 アガワ流介護入門」(文春新書)ほか。「婦人公論」(中央公論新社)に「見上げれば三日月」を連載中。平成27年3月より、博物館明治村(愛知県犬山市)の四代目村長に就任。

更新日:2019年2月28日
取材日:2019年1月

作家、エッセイスト、女優、インタビュアーと多方面で活躍する阿川佐和子さん。父の阿川弘之さんを看取り、現在は91歳の母親の介護を担う家族介護者の一人でもあります。先ごろ、介護や仕事などに奮闘する激動の毎日を綴ったエッセイ「いい女、ふだんブッ散らかしており」(中央公論新社刊)を出版した阿川さんに“アガワ流家族介護”の心得を聞きました。

大切にしたい、笑い合える瞬間

 「いい女、ふだんブッ散らかしており」は「婦人公論」に連載中のエッセイをまとめたものです。失敗談や、日頃考えているたわいもない話を書きました。
 その中に、少しずつ認知症が進む母についても触れましたが、母はときどき手当たり次第、物をしまってしまう。買ってあったはずの鰹節が見つからなくて、何ヶ月後に冷凍庫から出てきた…なんてこともありました。私が翌日仕事で使う資料も机の引き出しに入れちゃうので、こっちはパニックです。声を荒げることもありますよ。でもそれは逆効果だと、家族介護をしている友人や対談でお会いしたお医者さん、ユマニチュード(※1)を実践されている方などから教えられました。
 先日も母が夜中にお手洗いに行こうとして途中で転んで立ち上がれず、危うくお漏らししそうになる事件が起きました。その話を、普段母をケアしてくれている人にした際、そういう時は隣に椅子を置けばいいと看護師さんから教えてもらったと聞き、なるほどと思いました。
 こんなふうに小さなことでも、ひとつずつ学習していくしかない。母は幸いにも怒ったり暴れたりということが無いし感情表現ができるので、笑ってくれればこちらも気持ちが柔らかくなります。あれも、これもやらなければ!というよりも笑顔になれるところを探しながら、こうすると安心するなとか、こうするとこっちの気持ちが楽になるかなと思うことの積み重ねの毎日です。

阿川佐和子さん

生活の継続が生きる理由になる

 父が入院していた病院を経営する医療法人社団 慶成会 会長の大塚宣夫先生にうかがって面白いと思ったのは、病院や施設に入っても、生活を優先させるべきだというお話です。もちろん医療は大事だけれども、入院患者を元気づけるには、それまでの生活に近いことを継続してもらい、そこで支障が起きたら医療関係者が対処する環境をつくることだとおっしゃっていました。母をショートステイさせたときも、朝食のパンにバターを付け過ぎるのが心配だと伝えたら、大塚先生が「バターが好きなら2個付けましょうね」と。なんちゅーこと言うの!?と思いましたが、バターの弊害と、好きなものを我慢すること、91歳の母にとってどちらを優先するべきなのか。ケアされる側の立場になり、考えることが大事なのだと思いました。
 母を朝起こすとき「なんで起きるの?起きて何するの?」と言います。こちらも起きて何するんだろう?と思うと役割が無い。毎日、起きる理由をどう作るかということが大事なのだということに気付いたんです。母はかろうじて洗濯物を畳めます。畳んでよと頼むと、えーって言いながらやる。生活を無くしてしまっては、毎日起きる理由もありません。どうせ台所仕事できないでしょ!ではなく、したいならやってもらう。でも母の場合、じゃぁ今晩は作ってね?って頼むと、疲れたから明日頑張るって言うんですけど(笑)。母は陽気ですから、見ていると基本おかしくて面白いことだらけ。漫才のボケとツッコミのような毎日です。

日々のルーティーンの中に面白味見つけて

 介護職に就いている人は、お年寄りが大好きだとか、誰かのためになりたいと思ってやっている人たちが多いですよね。本当に偉いと思います。ただ、ときには、ちょっと息を抜いて、なまけてみたらどうでしょう?志が高く真面目な人が多いから、うまくいかなくなったり気持ちが届かなかったりしたときにその分落ち込むこともあるでしょうし、これ以上、優しくできない、もういっぱいいっぱいだと思ったら、優しくするためにはどうするかというと、ズルをする(笑)。悪さをするんじゃないですよ。ちょっと自分が遊んでおいて後ろめたさを持つ。そうすると、相手に優しくなれるんじゃないでしょうか?
 NHKの番組で、最新機器やデータ分析によって効果が科学的に裏付けられた「科学的介護」が始まっていると知りました。そういった取り組みは仕事として介護をする人にとって仕事のやりがいや達成感が生まれ、大きな意味があると思います。更に、ケアしている人たちが心から優しくなれたり、介護職を“やってみたい”と思う仕事にするためには、日々のルーティーンの中で面白いことを見つけるというのかな、そこに喜びを感じることは大事じゃないかと思いますね。

※1「ユマニチュード」認知症患者に有用とされているケア技法。1979年にフランスで生まれ、日本の医療機関や介護施設でも普及しつつある。

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