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スペシャルコラム

梅原大吾さん

梅原大吾さんプロフィール
1981年青森県生まれ。15歳のときに格闘ゲーム国内最強王者となり、17歳で国際大会優勝、世界一となる。2010年米国企業と契約を結び、日本人初のプロゲーマーに。同年8月「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスブックに認定され、現在は3つのギネス記録を持つ。グローバル企業3社のスポンサード・アスリートとして世界で活躍しながら、イベント企画、講演活動も積極的に行い、近著に「悩みどころと逃げどころ」(ちきりん氏との共著)、「勝ち続ける意志力」、「勝負論 ウメハラの流儀」などがある。

更新日:2021年8月
取材日:2021年7月28日

世界にその名を轟かせる日本人初のプロゲーマー、梅原大吾さん。その本能的なプレイスタイルから「Beast(ビースト)」の異名を持ち、格闘ゲームのカリスマとして長年、ゲーム界を牽引しています。そんな梅原さんは一時期、勝負の世界を離れ介護の仕事をしていました。なぜゲームで世界を制した梅原さんが介護職に就いたのか。再び戦いの世界に舞い戻った梅原さんに、介護の仕事をしていた理由や介護の現場で感じていたことなどをうかがいました。

癒やしと安心感を感じた勝ち負けも効率も無い世界

 今から12、3年前、27歳くらいのときに約1年、重度の認知症の方が入居する施設で働いていました。介護の知識も無いまま、いきなりです。中学生からずっといた競争の世界、人と争うことに疲れ果てて嫌になり、選んだのが介護業界でした。両親が医療関係の仕事だったので、介護業界にはなんとなく親しみがあり、何も縁が無いというよりはちょっと近い場所だと感じていました。
介護職に就く前、フリーターのように職を転々としていた時期もあったのですが、どの業界でも何か見えない敵と闘っているような部分があって。ゲームや麻雀は自分がやりたい、得意だという気持ちがあったから闘いに耐えられましたが、自分が得意でもない中で闘うのは、こんなに大変なんだと実感しました。
その点、介護の仕事に落ち着いてからは闘うという感覚が全く無く働けたので、自分にとってすごく安心感というか癒やしがありましたね。仕事の内容に関しても効率が求められる世界では無かったので、未経験の人に優しい職場だと感じました。後述しますがそのころはゲームを趣味として続けていたので、拘束時間が長い仕事と違って、働く時間がきっちり決まっていた点も自分には合っていました。
いずれにしても、今振り返ってみて介護の仕事が大変だったという記憶は無いです。本当に初めて、自分が追い詰められたり、嫌な気持ちにならない仕事だった。これがキツいという人もいるでしょうし、もしかしたら長く続けていることで生まれる悩みもあるかもしれませんが、それを感じないうちに介護職員生活は終わりました。
仕事の帰り、友だちに誘われてゲームセンターでゲームを再開したことをきっかけにゲームの世界に戻り、プロゲーマーになりました。もしそれが無かったらずっと介護の仕事を続けていた可能性は大いにありますね。

梅原大吾さん

仕事を通して学んだ悔いなく生きることの大切さ

 介護の仕事をしていたとき、驚いた出来事もありました。普段しゃべらない女性の入居者さんがいて、食事もなかなか食べてくれない、話しかけてもほぼ返事が無い方でした。僕は辞めることが決まっていたので、その方のおむつを替え終えて、「俺、辞めるんだ」と独り言のように話したら、「嫌になっちゃったの?」って。こちらはずっと分かっていないと思っていたのに、実はこちらのことを認識して、分かってくれていたんだと。それはちょっとドキッとしました。
入居者さんたちは昔のことは結構覚えていて、僕も話を聞くのが好きでした。「私はデパートで働いていた」とか「中国にいた」とか。当たり前ですが、入居者さんたちも若いとき元気なときがあったのだ、自分も今は若いけれども、これがずっと続くわけじゃないのだなとつくづく思いました。
体の自由がきかなくなったり、記憶が怪しくなったり、今自分が当たり前だと思っていることが、そのうち当たり前ではなくなるということが分かった。それが一番大きな学びであったと思います。いつかは死ぬし、死ぬ前に自由がなくなっていく。とにかく、やれるうちにやりたいことを一生懸命やろう、悔いなく生きようと考えるようになりました。

梅原大吾さん

勝ち負けの無い世界で生きたい人に取り組んでみてほしい介護の仕事

 ほとんどの仕事は競争だし、効率を大切にします。だから勝たなければいけない。でも僕は勝ったところで、そんなにいいものでもないと思っています。勝てば人生が100%好転すると思って勝負の世界に入る人もいるかもしれません。でも自分の感覚で言うと、勝っても10のうち10得られるかというとそうでもなく、勝たなければ五分五分のところが6対4の6になるくらいです。
勝てばその分、プレッシャーもかかるし嫉妬もある。勝った故に降り掛かってくるマイナス点がある。勝っても意外とそんなものだというのが自分の感覚です。やはり勝負の世界は勝って何かを得るというより、その世界が好きじゃないとやっていられません。他の人はともかく僕はそうでした。
自分は介護の専門家ではありませんし、働いた期間も短いので何かを言える立場ではないのですが、自分のような社会に馴染めず、争いごとが嫌いな人は世の中に大勢いると思います。闘争心が無いと現代社会では結構大変です。そういう人たちが、もし自分に合う仕事が無いと思ったら、介護の仕事に取り組んでみるのもいいんじゃないでしょうか。

梅原大吾さん
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