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新しいてんかん発症の仕組みを解明しました
愛知県医療療育総合センター発達障害研究所 (春日井市)の林深部長・鈴木康予主任研究員を中心とする共同研究グループ(以下、「研究グループ」)は、TENM4という名称の遺伝子がてんかん・発達障害の原因となることを世界で初めて明らかにしました。
てんかんは、多数の神経細胞が一斉に興奮してしまうことで身体のけいれんや意識消失などを含む発作が起こる脳の病気です。発達障害は全人口の数%、てんかんは約0.6%に存在するとされる疾患ですが、遺伝学的解析手法が発達した現在であっても、その原因の約1/3~半数は特定に至っていません。今回研究グループは、家族歴のある*1てんかんと発達障害の症例を解析し、検出されたゲノム変化を模した遺伝子改変マウスを作製して解析することにより、TENM4が、これまでに知られていなかったメカニズムによりてんかん・発達障害を引き起こすことを見出しました。
この成果は、これまでに原因がわからなかったてんかん・発達障害を呈する患者さんの原因を明らかにする可能性があります。また、本成果をまとめた論文は国際学術誌”Molecular Neurobiology(モレキュラーニューロバイオロジー)”に本日掲載されることとなりましたので、お知らせします。
なお本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業・厚生労働科学研究の助成を受け、東京医科歯科大学・愛知医科大学・東京女子医科大学との共同で実施されたものです。
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掲載雑誌:Molecular Neurobiology (モレキュラーニューロバイオロジー:神経科学研究誌) |
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1 研究員
愛知県医療療育総合センター発達障害研究所遺伝子医療研究部部長 林深(はやし しん)
愛知県医療療育総合センター発達障害研究所遺伝子医療研究部主任研究員 鈴木康予(すずき やすよ)
以上2名を中心とする共同研究グループ
2 研究の背景
発達障害は全人口の数%、てんかんは約0.6%に存在するとされる疾患ですが、遺伝学的解析手法が発達した現在であっても、その原因の約1/3~半数は特定に至っていません。今回研究グループは、てんかんと発達障害を呈する家系例を解析し、TENM4という遺伝子に、疾患の原因となり得る変化を見出しました。しかし、その病的意義はこの時点では明らかではありませんでした。TENM4の機能はまだよくわかっていません。また、TENM4の異なるタイプの変化が統合失調症や本態性振戦*2の原因となることはすでに報告されていますが、それは今回研究グループが解析した症例とは、疾患のタイプも変化のタイプもまったく異なるものでした。
3 研究の過程
まず、研究グループは、今回の解析で見つけられたTENM4のゲノム変化が、どのように転写産物*3に影響するかを調べました。その結果、今回見出したTENM4遺伝子の変化は、TENM4全長の転写産物 (TENM4FL)に比べて、わずかに短いTENM4の転写産物 (TENM4ΔE10)を生じさせるものであることがわかりました (図1)。

このことがどのように病気の原因となっているのかを明らかにするため、このTENM4の変化を模倣する遺伝子改変マウス (TenmΔE10)を作製しました。その結果、このマウスはけいれんを誘発する薬剤に対して、野生型のマウス(遺伝子を改変していないマウス)よりも高頻度に、長く持続するけいれんを起こすことがわかりました。このことは、TenmΔE10マウスのけいれん感受性が高く、けいれんを起こしやすいことを示しています (図2)。

また、このマウスは野生型マウスに比べて、脳におけるオリゴデンドロサイト*6という細胞が充分に増殖していないことがわかりました。この結果、マウスの脳では、脳の左右を連結する脳梁と呼ばれる組織が野生型よりも薄くなっていることがわかりました。このことは、TenmΔE10マウスがけいれんを起こしやすくしている要因の1つと考えられます (図3)。

今回の研究では、遺伝子変化により作り出されるTENM4ΔE10そのものが病気の原因になるのではないということが分かりました。TENM4ΔE10はTENM4FLとともに一般健常者や野生型マウスにおいても少量ながら作り出されているため、TENM4ΔE10があることそのものが疾患の原因になるわけではありません。ここで重要なのは、TENM4ΔE10/TENM4FLの比率が一定にコントロールされているという点です。オリゴデンドロサイトが分化する際にはTENM4の量全体が急激に増加するのですが、この際もTENM4ΔE10/TENM4FLの比率は一定にコントロールされています。このバランスの乱れがオリゴデンドロサイトの形成不全や脳梁が薄くなる原因となり、てんかんや発達障害の原因となり得ることを今回の研究は示しました (図4)。これは、近年生命現象を説明する要素として注目されている転写産物の新しい性質を示すものであり、遺伝性疾患を引き起こす新しいメカニズムを提示するものです。

また、今回の研究は、TENM4という遺伝子がこれまでに知られていた統合失調症、家族性本態性振戦という疾患に加えて、今回のてんかん・発達障害というまったく違った疾患の原因にもなることを示しました。即ちこれは、1つの遺伝子が複数の疾患の原因になることを意味しています。このような状態は「多相遺伝 (pleiotropy)」と呼ばれ (図5)、その存在はおよそ100年前に予想されていました。しかし、今回のような具体的な例が示されるようになってきたのは、ごく最近になってからのことです。
今回のような研究が更に進展することで、遺伝子変化と疾患の複雑な対応関係が、更に明らかになっていく可能性があります。

4 研究成果
本研究により、TENM4の転写産物のバランスの乱れが神経性疾患の原因となるという、新しい疾患の仕組みを明らかにすることができました。
5 研究の意義
(1)本研究成果は、新しい疾患原因を示すものであり、現時点で診断のついていないてんかん・発達障害症例の診断につながる可能性があります。
(2)患者さんに見出された遺伝子の特徴を正確に再現した遺伝子改変マウスを作出することで、意義不明であったゲノムの変化がどのような意味を持つかを明らかにし、今後は診断のつかなかった遺伝性疾患の診断に応用できるようになりました。
6 用語説明
*1家族歴のある 家族や血縁関係のある近親者に同じような症状を呈する人がいること。
*2本態性振戦 他に原因となる病気がなく、手足などが小刻みに震える症状が表れる疾患。
*3転写産物 遺伝情報の総体であるゲノムDNAの中でも、遺伝子と呼ばれる部分は生体の材料となるタンパク質をコードする領域である。この遺伝子は、転写産物(またはトランスクリプト・RNAとも)と呼ばれる分子に写し取られ、このRNAを基にしてアミノ酸の配列が決まり、タンパクが合成される。
*4ミニジーンアッセイ ゲノムDNAの一部を取り出して、正しく転写産物が作られるかどうかを確かめる検査方法。
*5エクソン 遺伝子の中で、実際にタンパク質を作るのに使われる部分。
*6オリゴデンドロサイト 脳や脊髄の中にある、神経細胞以外のグリア細胞と呼ばれる多彩な機能を持つ細胞の1つ。主に、神経の周りに電線のカバーのような膜を作って、神経が正しく信号を伝えられるようにサポートする役割をする。
7 掲載雑誌情報
【国際学術誌Molecular Neurobiology】
本誌は分子生物学による脳研究に焦点を当てた査読付き国際医学雑誌である。過去五年間のインパクトファクター(学術雑誌を評価する目的で参照される数値)は4.8。
掲載論文
Transcript imbalance from TENM4 exon skipping: effects on epilepsy and genetic pleiotropy(TENM4エクソンスキッピングに起因する転写不均衡:てんかんと遺伝的多面性に及ぼす影響)
著者:鈴木康予、ダニエラ・チアキ・ウエハラ、榎戸靖、河合妙子、野村紀子、山田憲一郎、髙梨潤一、宮原弘明、稲澤譲治、林深
URL:https://doi.org/10.1007/s12035-025-05559-0
このページに関する問合せ先
愛知県医療療育総合センター発達障害研究所
遺伝子医療研究部門
担当:林、鈴木
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