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豊橋鉄道田口線は新城市の本長篠駅から設楽町の三河田口駅を結んでいましたが、1968年に廃止されました。
現在も沿線には当時の遺構が数多く残され、多くの人に親しまれています。
一方三河田口駅と第一トンネル周辺は、設楽ダムの建設により将来的に湖底へ沈む予定で、現在は工事区域内のため立ち入り禁止となっています。
一般の方が見ることはできない場所となっているため、本記事では現場内で撮影した様子を紹介いたします。
※トンネル・橋梁の名称は町道としてのものです
〈旧三河田口駅〉
(撮影:2024年2月)
赤丸で囲った赤い屋根の建物の手前に駅舎がありました。
現在は更地となっています。
場所は設楽町役場から西へ直線で1km、設楽ダムの堤体ができる場所から上流へ1kmです。
写真両側の茶色の構造物は作業用道路です。
2010年に撮影した駅舎跡です。
写真右端に赤い屋根の建物が写っています。

(撮影:2026年2月)
駅(赤丸付近)より写真手前である下流側にはかつて川に沿って貨物用の引き込み線があり、廃止後は更地となっていました。
かつて田口線の電車が走った場所を今はダンプが忙しく行きかっています。
これらのダンプはダム本体工事で発生した掘削土を運搬しています。
〈第1トンネル跡〉
三河田口駅を発車すると列車は豊川沿いに6つのトンネルを越えて南下し、次の清崎駅に到着していました。
そのうち、一番三河田口駅に近いトンネルは設楽ダム堤体ができる場所に位置していました。
(撮影:2010年)
廃線後、線路敷は町道になりました。
写真は工事着手前のものです。


(撮影:2024年7月)
木々に覆われていたトンネルは赤丸の位置に確認できます。
またダム堤体はおよそ水色の部分に建設されます。
この時は木が伐採され、トンネルの全景が分かりやすくなっていました。

同時期に撮影したダム右岸(上流側から見て右側)から見た様子です。

(撮影:2026年2月 設楽ダム工事事務所提供)
2026年の様子では、トンネルはダム本体工事で発生した土砂で隠れています。
写真下側に見える水の流れ(赤い矢印)は、「転流工」へと流れる豊川です。
ダム堤体の工事中は、「転流工」と呼ばれるバイパストンネルを通して川の流れを迂回させています。
ダム堤体が完成すると、トンネルの入口を締め切り、ダム湖に水を貯める「試験湛水」が行われます。
この試験により異常がないことを確認した後、ダムは完成となります。
〈おまけ・ダムに沈まない遺構たち〉
第1トンネル付近より下流はダムに沈まず、一般の方の通行が可能です。
ここではその遺構の一部を簡単に紹介します。
2026年2月に撮影しました。

○道の駅したらに展示されている田口線を走ったモハ14
○隣接する奥三河郷土館では田口線に関する貴重な資料を見られます

○田口線跡の入り口(清嶺小学校北東)

○道なりに進むと現れる1つ目のトンネル(寒狭第3トンネル)

○次に現れる第5トンネルから第4トンネルを望む

○第5~第4トンネル間にある平野橋

○第3トンネル 切通しも相まって鉄道跡の雰囲気たっぷりです

○第2トンネル内部 ごつごつした岩肌と碍子が見えます

○第2トンネルと豊川

(撮影:2026年3月、設楽ダム工事事務所提供)
第2トンネルを抜けると右側に工事現場が現れ、この先で通行止めとなります。
ここでは設楽ダム堤体南側へ続く道を造っています。
この道は工事車両も通行します。
道幅も狭いため、駐停車はご遠慮ください。
通行止めの手前はスペースが狭く、転回する際はご注意ください。
ご覧いただきありがとうございました。
本記事をきっかけに設楽ダム・設楽町に興味を持っていただければ幸いです。