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あいちのおいたち

[2012年1月17日]
愛知県庁外観

沿革

 律令体制以前は、尾張(木曽川・庄内川地方)、三河(西三河の矢作川地方)、穂(東三河の豊川地方)の3地域に分かれていましたが、大化の改新後、尾張、三河の2国となり、江戸時代まで続きました。
 明治4年の廃藩置県の後、尾張(知多郡を除く)は名古屋県に、三河と尾張の知多郡は額田県となり、明治5年4月に名古屋県は愛知県と改められ、同年11月27日に額田県を廃して愛知県の管轄に移し、永く続いた尾張国、三河国は愛知県として統合されました。
 当時、県内には2,900を超える町や村がありましたが、明治の大合併、昭和の大合併を経て、昭和45年には市町村数は88となりました。その後30年以上、市町村数に変動はありませんでしたが、平成の大合併により平成15年以降、新たに19件の市町村合併が成立し、平成24年1月4日現在、市町村数は54(38市14町2村)となっています。 

あいちの地名の由来

 「あいち」の地名は、万葉集巻三の高市黒人の歌「桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮干にけらし鶴鳴き渡る」に詠まれている「年魚市潟(あゆちがた)」に由来するといわれ、「あゆち」が「あいち」に転じ、愛智(郡)の郡名もここから生まれました。
 廃藩置県後、県庁が愛知郡の名古屋城内に置かれたところから県名に採用されました。

お問い合わせ

愛知県 知事政策局 広報広聴課

E-mail: koho@pref.aichi.lg.jp