愛知県衛生研究所

―残留農薬とナシの皮むき−

ナシの写真

平成14年7月に山形県内で無登録農薬<登録が失効している農薬>”ダイホルタン(カプタホール)” ”プリクトラン(シヘキサチン)”を販売していた業者が農薬取締法及び毒物・劇物取締法違反で逮捕されたことに端を発した今回の事件は全国に波及し、ナシ、リンゴ、スイカ、イチゴ苗など多くの果実・野菜にこれらの農薬が使用されていた実態が明らかになりました。平成13年9月に山形県衛生研究所の調査でラ・フランス(洋ナシ)とリンゴから食品衛生法上検出されてはいけないダイホルタンが検出され、更に平成14年4月には大阪市の市場で山形県産ラ・フランスからダイホルタンが検出されたことから、今回の事件に発展したものと思われます。平成14年7月以降各地で調査が行なわれる中、平成14年9月2日には長野県衛生公害研究所の検査で長野県産日本ナシ“幸水”からダイホルタンが検出され、164トンの回収命令が出されるなど、各地でこれらの農薬が使用された作物の出荷自粛、回収、廃棄など非常に深刻な事態が発生しています。

今回問題の中心となっているダイホルタン(カプタホール)はフタルイミド系殺菌剤で昭和39年に農薬として登録され、17種類の果実、野菜類の黒点病、黒星病の防除などに使われていました。当時の残留農薬基準はナシ、リンゴで5ppmでしたが、平成元年に登録が失効しました。ダイホルタンは動物実験で発ガン性が認められていたことや、無毒性量を評価しうるデータがないことから、暫定ADI(1日摂取許容量)を取り消し、平成8年全ての作物から検出されてはいけない農薬となりました。

今回の事件に伴う健康被害の報告はないとのことですが、今回のように問題となっている果物に農薬が残留していた場合、どの部分にどれくらい残留して、それをどれほど食べているのか非常に関心のあるところではないかと思います。そこで当衛生研究所では、従来からスーパーマーケットなどで市販されている野菜や果物を購入し、実際の検体に農薬がどの程度残っているのか、どの部位に残っているのかを調べ、皮むき、水洗い、こすり洗い等の操作でどの程度残留農薬を除去できるかを研究しています。そこで今回は、問題となっているナシにどんな農薬が残留し、皮むきでどの程度これらの農薬を除去できるのかについての研究結果をご紹介いたします。

これまでに検討したナシ11検体からは、今回問題となっているダイホルタンは検出されませんでした。しかしながら、ダイホルタンと構造が非常によく似たキャプタンが8検体から平均0.18ppm*、それにメチダチオン(5検体、0.06ppm)、カルバリル(3検体、平均0.46ppm)、ジコホール(2検体、平均0.16ppm)、その他ダイアジノン、テブフェンピラド、イプロジオン、シラフルオフェン、フェンバレレート、クロルフェナピル等約20種類の農薬が検出されました。 *ppmは非常に小さな重さの単位で、キャプタン平均0.18ppmとはナシ1個(約400g)に72μg(1μg は100万分の1g)のキャプタンが含まれていたことを意味します。

一般的にはナシは皮をむいて食べるので、皮むきによる残留農薬の除去率を主な農薬について調べた結果は次のようでした。

農薬名除去率農薬名除去率
キャプタン98%マラチオン100%
メチダチオン100%クロルフェナピル100%
カルバリル89%テブフェンピラド97%
ジコホール100%シラフルオフェン100%
ダイアジノン98%イプロジオン98%
フェニトロチオン92%フェンバレレート98%

大部分の殺虫・殺菌剤は作物の外部に散布され、果実などでは主として表面部分に残留しその効果を発揮しています。カルバリルなど一部浸透性のある農薬を除けば、農薬の種類にかかわらず皮むきにより農薬は92〜100%が除去され、食べる際にはほとんど残留していない部分を日常的には食べています。

キャプタン、ダイホルタン(カプタホール)の構造式

キャプタンは、今回問題となっているダイホルタン(カプタホール)同様フタルイミド系殺菌剤で図に示すように構造もよく似ています。そのキャプタンは、皮むきによって98%以上が除去されることから、食べる部分にはほとんど残留していないことが判明しています。したがって、今回問題となったダイホルタンも同様な挙動を示すものと考えられることから、たとえダイホルタンがナシの中に残留していても皮をむくことによりほとんど除去でき、健康には影響ないものと思われます。

多くの消費者の方は、先日来の中国産冷凍ホウレンソウにおける農薬残留問題に加え、国内における登録失効農薬の使用という予想外の事態の発生により、残留農薬に対する漠たる不安を更に大きくされたかもしれません。今回のように違法な農薬使用は、消費者の不安を増大させるだけでなく、正しく農薬を使用している生産者をも巻き込んだ形で甚大な被害と食の信頼を大きく損なうということを念頭において、野菜・果実等農産品の生産段階での食の安全確保に、より一層の努力が求められています。

今回紹介したように、果実の場合は通常行なっている”皮をむく”ことにより、違反などで報告される残留量の大部分の農薬を除去することは可能です。

当衛生研究所では現在市販食品を購入し農薬残留が確認された検体について、残留部位、皮むき、水洗等を始めとしたいろいろなクッキングファクター(調理による残留農薬の減少度)に関するデータを集積しています。そして集積したデータについては、今回のように必要に応じて衛生研究所のホームページや技術情報、学術雑誌等を利用しながら公表し、広く県民の皆様に食の安全に関した科学的情報が提供できるよう努力していきたいと考えています。