愛知県衛生研究所

―残留農薬とナシの皮むき-

確認日 2024年10月9日

果物のナシの写真

平成14年7月に山形県内で無登録農薬<登録が失効している農薬>”ダイホルタン(カプタホール)” ”プリクトラン(シヘキサチン)”を販売していた業者が農薬取締法及び毒物・劇物取締法違反で逮捕されました。この事件は全国に波及し、ナシ、リンゴ、スイカ、イチゴ苗など多くの果実・野菜にこれらの農薬が使用されていた実態が明らかになりました。事の発端は、平成13年9月に山形県衛生研究所の調査でラ・フランス(洋ナシ)とリンゴから食品衛生法上検出されてはいけないダイホルタンが検出され、更に平成14年4月には大阪市の市場で山形県産ラ・フランスからダイホルタンが検出されたことからでした。平成14年7月以降各地で調査が行なわれた結果、平成14年9月2日には長野県衛生公害研究所(現:長野県環境保全研究所)の検査で長野県産日本ナシ“幸水”からダイホルタンが検出され、164トンの回収命令が出されるなど、各地でこれらの農薬が使用された作物の出荷自粛、回収、廃棄に発展し、非常に深刻な事態となりました。

問題の中心となったダイホルタン(カプタホール)はフタルイミド系殺菌剤で昭和39年に農薬として登録され、17種類の果実、野菜類の黒点病、黒星病の防除などに使われていました。当時の残留農薬基準はナシ、リンゴで5ppmでしたが、平成元年に登録が失効しました。ダイホルタンは動物実験で発ガン性が認められていたことや、無毒性量を評価しうるデータがないことから、暫定ADI(1日摂取許容量)が取り消され、平成8年には全ての作物から検出されてはいけない農薬となりました。

このような事例を聞くと、私たちが普段口にする果物や野菜に農薬が残留していた場合、どの部分にどれくらい残留して、それをどれほど食べているのか非常に関心のあるところではないかと思います。当研究室では、スーパーマーケットなどで市販されている野菜や果物を購入し、実際の検体に農薬がどの程度残っているのか、どの部位に残っているのかを調べ、皮むき、水洗い、こすり洗い等の操作でどの程度残留農薬を除去できるかを研究しました。例としてナシにどんな農薬が残留し、皮むきでどの程度これらの農薬を除去できるのかについての研究結果をご紹介します。

これまでに検討したナシ11検体からは、ダイホルタンは検出されませんでした。しかし、ダイホルタンと構造が非常によく似たキャプタンが8検体から平均0.18ppm*、それにメチダチオン(5検体、平均0.06ppm)、カルバリル(3検体、平均0.46ppm)、ジコホール(2検体、平均0.16ppm)、その他ダイアジノン、テブフェンピラド、イプロジオン、シラフルオフェン、フェンバレレート、クロルフェナピル等約20種類の農薬が検出されました。 *ppmは非常に小さな重さの単位で、キャプタン平均0.18ppmとはナシ1個(約400g)に72μg(1μg は100万分の1g)のキャプタンが含まれていたことを意味します。

一般的にはナシは皮をむいて食べるので、皮むきによる残留農薬の除去率を主な農薬について調べた結果は次のようでした。

農薬名除去率農薬名除去率
キャプタン98%マラチオン100%
メチダチオン100%クロルフェナピル100%
カルバリル89%テブフェンピラド97%
ジコホール100%シラフルオフェン100%
ダイアジノン98%イプロジオン98%
フェニトロチオン92%フェンバレレート98%

大部分の殺虫・殺菌剤は作物の外部に散布され、果実などでは主として表面部分に残留しその効果を発揮しています。調査結果より、農薬の種類にかかわらず皮むきにより農薬は89~100%が除去され、食べる際にはほとんど残留していない部分を食べていることがわかりました。

キャプタン、ダイホルタン(カプタホール)の構造式

キャプタンは、ダイホルタン(カプタホール)同様フタルイミド系殺菌剤で図に示すように構造もよく似ています。そのキャプタンは、皮むきによって98%が除去されることから、食べる部分にはほとんど残留していないことが判明しています。したがって、問題となったダイホルタンも同様な挙動を示すものと考えられます。以上の結果から、果実の場合は通常行なっている”皮をむく”ことにより、大部分の農薬を除去することが可能です。

今回のように違法な農薬使用は、消費者の不安を増大させるだけでなく、正しく農薬を使用している生産者をも巻き込んで甚大な被害を与え、食の信頼を大きく損なうことになります。このことを念頭において、野菜・果実等農産品の生産段階での食の安全確保に、より一層の努力が求められます。当研究所としても、野菜・果物等農産物を含む食品の安全性確保のため、最新の技術と知識に基づき、残留農薬検査等継続して実施しています。