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栽培漁業に関する研究
クルマエビの放流効果向上のために
クルマエビは愛知県の「県の魚」に指定されており、本県にとって最も重要な水産物の一つです。愛知県のクルマエビ漁獲量は全国漁獲量の2割を超えており、古くから資源を維持・増大するために積極的な放流事業が展開されてきました。近年では全長15 .0~20.0 mmの種苗約2,000万尾を伊勢・三河湾内に放流しています。
愛知県では昭和54年度に栽培漁業センターで種苗生産が開始されて以降、放流前に囲網等を用いて中間育成を実施してきましたが、中間育成を実施するには多くの人的コストや設備コストがかかるため、平成23年度からは直接放流に移行しました(図1)。
放流方法の移行に伴い、また全国的に見られる平成元年頃からのクルマエビ漁獲量の減少に歯止めをかけるべく栽培漁業グループでは、水産総合研究センター、三重県、両県の種苗生産施設及び民間企業と共同で、早期種苗生産技術(http://nria.fra.affrc.go.jp/hakko/guidebook/index.html)、遺伝子標識を用いた親子判別技術¹を開発しました(図2)。これらの技術を用いたクルマエビ放流効果調査を実施した結果、早期に放流することでヒメハゼ等による食害の影響を軽減させ(図3)、放流効果を高められることが明らかとなりました。
図1.放流方法の移行(囲網方式(左)から直接放流(右)へ)
図2 遺伝子標識を用いた親子判別のイメージ
図3.稚エビを捕食していたヒメハゼ
1 遺伝子標識を用いた親子判別技術
採卵に用いた雌親エビのDNA情報を記録しておき、水揚げされたエビから取得したDNA情報と照らし合わせることで親子関係を判別する方法です。ヒトの親子判別も同様の原理で行われます。
トラフグ資源と漁獲量の増大、安定化のために
トラフグは愛知県では主に底びき網漁業、はえ縄漁業で漁獲されます。底びき網漁業は周年、伊勢・三河湾内から外海にかけて、はえ縄漁業は10月~翌年2月まで主に渥美外海で操業します。愛知県のトラフグ漁獲量は農林水産統計で集計が実施された平成13~18年のうち実に4度、全国1位に輝いています。また、トラフグは「あいちの四季の魚」の冬の魚にも選定され、冬の味覚として親しまれています。
全国有数の漁獲量を誇る愛知県のトラフグですが、漁獲量の年変動は激しく、例えば、はえ縄漁業では少ない年(平成8年度)に8トン、多い年(平成14年度)に140トンとなっています。そこで、トラフグ資源と漁獲量の増大、安定化を図るための種苗生産と種苗放流、資源管理について研究および技術開発を行っています。
種苗生産については最適な餌料系列や収容密度を検討し、平成17年度からの栽培漁業センターでの種苗生産に活かされています。種苗放流については、最適な放流場所と放流サイズを明らかにするため、愛知・三重・静岡県及び(独)水産総合研究センターと共同で、イラストマー標識¹(平成22年度まで実施、図1)及びALC標識²(図2)を用いて人工種苗の追跡調査を実施しています。その結果、放流適地は伊勢湾では野間~常滑沖、三河湾では矢作川河口域であり、最適放流サイズは体長約45 mmであることが分かりました。近年は全長35~45 mmの種苗を10万尾以上、野間沿岸域、矢作川河口域に放流しています。
資源管理については、市場で測定したトラフグの全長データと集計した漁獲量データから年齢別の資源量を推定することで効率的な操業管理に役立てています。また、平成14年度からは、はえ縄漁業の操業計画の参考とするため、前年度の漁獲実績と試験操業の結果から来る漁期の漁獲量を推定しています。
図1 イラストマー標識を装着したトラフグ
図2 耳石のALC標識(赤く光っている部分)
1 イラストマー標識
注射器を用いて魚の皮下に蛍光シリコーンを注入する標識方法です。この標識は、従来の体外型標識に比べ、脱落や魚の行動に対する影響が少なく、市場調査で専用の青色4-LEDライトとサングラスを用いることにより標識魚の判定が出来ること、また放流場所により標識の色を変えることによって放流場所が容易に特定できることが特徴です。
2 ALC標識
アリザリンコンプレクソンという試薬を用いて、魚類の耳石(平衡感覚を司る感覚器官で、炭酸カルシウムを主成分とする)や鱗などの硬組織を染色する標識方法です。蛍光顕微鏡で観察すると染色された部分が発光します。イラストマー標識が困難な小型種苗にも使用できます。
ヨシエビの放流適地解明に向けて
ヨシエビは内湾で漁獲される比較的大型のエビで(図1)、クルマエビに次ぐ高級エビとして知られています。愛知県で水揚げされるヨシエビはその生涯のほとんどを伊勢・三河湾内で完結すると考えられていることから、湾内で操業する小型底びき網漁業者からの種苗放流の要望が高い魚種でもあります。近年は全長11.0~17.0 mmの種苗400万尾以上を伊勢・三河湾内に放流しています。
栽培漁業グループではこれまでに伊勢湾で漁獲されたヨシエビの漁獲場所、サイズ、性比、成熟状況等を調査し、伊勢湾に生息するヨシエビは湾中央部で越冬し7~8月に産卵すること、稚エビは河口域で成長することなどを明らかにしました。
平成20年度からは、三河湾での放流適地の検討を行うため、矢作川河口域において稚エビの生息状況を調査しています(図2)。放流サイズ(全長約15 mm)に近い稚エビは矢作川河口から上流へ1.5~2.0 kmの範囲で多く採捕され、全長30 mm以上の個体がほとんど確認できなかったことから、この範囲が稚エビの放流適地であると判断されました。全長30 mm程度まで成長した稚エビについては次第に河口域から内湾へと生息場を移すと考えられます(http://nria.fra.affrc.go.jp/hakko/guidebook/3-4.pdf)。図1 小型底びき網で漁獲されたヨシエビ
図2 調査風景(ケタ網の投入)
ミルクイの放流技術の高度化を目指して
ミルクイは高級二枚貝として、本県の潜水漁業者にとって重要な漁獲対象種です。漁業者は資源の維持・増大のために人工種苗の中間育成、放流に取り組んでいます。ちなみにミルクイと言う名前の由来ですが、ミルクイの水管には海藻類が着生していることがあり、その姿が海藻(ミル)を食べている(喰う)ようであることからこの名前が付けられたと考えられています(図1)。
栽培漁業グループでは、種苗放流の効果を上げるために、標識を用いた放流後追跡調査を継続的に実施してきました(図2)。これまでの標識個体の再捕実績から、放流種苗は放流後3年で漁獲サイズに達することが明らかになりました(図3、図4)。また、魚類の耳石¹の染色等に用いるALC(アリザリンコンプレクソン)を使用した標識方法が開発され、小型種苗の大量標識が可能になりました(図5、図6)。図1 水管に海藻が着生したミルクイ
図2 ペイントマーカーで標識された種苗
図3 過去の再捕実績から推定したミルクイの成長
図4 放流8年後に再捕された大型のミルクイ(殻長部にピンク色の標識が残っている)
図5 ALC標識個体(左)と無標識個体(右)
図6 発光したALC標識
1 耳石
平衡感覚を司る感覚器官で、炭酸カルシウムを主成分とします
問合せ
愛知県 水産試験場 漁業生産研究所
電話: 0569-65-0611
ファックス: 0569-65-2358