愛知県衛生研究所

調味液中のクロロプロパノール類

2008年3月19日

はじめに

醤油等の原材料として用いられている酸加水分解植物性たん白*1中にクロロプロパノール類が含まれています。既に、本ウエブサイトで紹介済みのアクリルアミドと同じように、クロロプロパノール類は、食品の製造工程で副産物として意図せずに生成される有害化学物質の一つです。継続的に食品を通して多量摂取し続けた場合には健康への影響が懸念されていますので、内閣府食品安全委員会は自ら行う食品健康影響評価の候補に取り上げ、リスク評価対象としています。

*1酸加水分解植物性たん白:脱脂加工大豆、小麦グルテン、コーングルテンなどの植物性たん白に塩酸を加え、加熱下に加水分解したアミノ酸混合物。うま味やこくが強く、調味料として食品に広く利用されていますが、食品衛生法上の食品添加物には該当しません。醤油等の原材料として使用される液体状の本品はアミノ酸液と呼ばれています。

クロロプロパノール類とは

グリセリンの水酸基の1個または2個が塩素で置換された物質の総称で、下に示すとおり4種の化合物が存在します。クロロプロパノール類はセルロース系材料の架橋材、繊維染色助剤、プラスチック樹脂の溶剤、医薬品等の有機合成反応の原材料等に使用されてきました。

クロロプロパノール類の構造式化学名R1R2R3
3−クロロ−1,2−プロパンジオール(3-MCPD)OHOHCl
1,3−ジクロロプロパノール(1,3-DCP)ClOHCl
2−クロロ−1,3−プロパンジオール(2-MCPD)OHClOH
2,3−ジクロロプロパノール(2,3-DCP)OHClCl

クロロプロパノール類の由来

クロロプロパノール類が食品中で生成される要因として、@塩酸を用いたタンパク質の酸加水分解による生成、A加熱工程における食塩と脂質の反応による生成が考えられています。

@ 酸加水分解による生成
脱脂加工大豆、小麦グルテンなどの植物性タンパク質から酸加水分解植物性タンパクを製造する際に、原料に残存している植物油脂と塩酸との化学反応の結果、副産物として少量のクロロプロパノール類(主に3-MCPD)が生成されます。
A 加熱による生成
通常の食品の加熱工程において、食品中の脂質と食品製造時に添加された食塩や食品常在の塩分との化学反応によりクロロプロパノール類(特に3-MCPD )が生成されます。この反応には加熱温度と水分含有量、食品成分、添加物の使用等が影響すると言われています。

クロロプロパノール類の食品中の含有量

食品中に含まれるクロロプロパノール類としては、酸加水分解植物性たん白由来の3-MCPDと1,3-DCPです。2004年以降、農林水産省はアミノ酸液の主要な用途である醤油を対象に実態調査を実施しました。その調査結果の概要は下表のとおりです。日本の醤油生産の大半を占める本醸造醤油は、アミノ酸液を原材料に使用していませんが、3-MCPDが微量ながら検出されています。

2006年のコーデックス委員会*2食品添加物・汚染物質部会の討議資料としてEUにおける実態調査結果が提出されています。それによれば、@醤油、醤油製品では3-MCPD濃度は高く、最大1,779mg/kgであった、A一般的にアミノ酸液が使用されない食品からも3-MCPDが検出され、サラミでは最大29mg/kgであった等の内容でした。詳しくはEuropean Commissionのホームページを参照

表 醤油中のクロロプロパノール類
食品化合物検体数
(検出数)
最小値
mg/kg
最大値
mg/kg
平均値
mg/kg
本醸造醤油3-MCPD104 (11)ND0.0080.003
混合醸造醤油
または混合醤油
3-MCPD120 (119)0.0047.80.21
1,3-DCP40 (7)ND0.0040.003

*2コーデックス委員会:消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、1962年に国連食糧農業機関(FAO)及び世界保健機構(WHO)により設置された国際的な政府間機関であり、国際食品規格の作成等を行っている。コーデックス委員会の下に31部会が設けられ、部会は参加国の中から選ばれたホスト国が運営し、会議は通常ホスト国で開催される。

クロロプロパノール類の健康影響

3-MCPDについて、ラットに長期間にわたって大量に摂取させた場合、腎臓への悪影響や他の複数の臓器に良性腫瘍の形成がみられましたが、発がん性は認められませんでした。国際的な専門機関による評価では、暫定耐容一日摂取量*3は2μg/kg体重/日とされていますが、醤油中の含有量実態調査結果から推定される3-MCPDの平均摂取量は、この水準を大きく下回っており(1%未満)、3-MCPDによる健康への影響は無視できると考えられています。

また1,3-DCPでは、ラットに長期間にわたって大量に摂取させた場合、複数の臓器に悪性腫瘍の形成増加が認められ、遺伝毒性試験でも陽性と判断されており、ヒトにおいて発がん性を示す可能性があると考えられています。国際的な専門機関の評価では、発がん性のため暫定耐容一日摂取量を設定することは適当でないとしておりますが、食品からの推定摂取量から1,3-DCPによるヒトの健康への懸念は低いとしています。

*3暫定耐容一日摂取量:ヒトがある汚染物質を一生涯にわたって毎日摂取し続けても、現時点でのあらゆる知見からみて、認むべき健康への悪影響が現れないと推定される一日あたりの摂取量で、通常、体重1kgあたりの物質量で示されます。

各国の対応

我が国では食品衛生法に基づく基準値等は設定されていませんが、各国等の規制は下表のとおりです。EUが最も厳しく対象食品中の3-MCPDの基準値は0.02mg/kgです。

表 EU及び各国のクロロプロパノール類の規制
 3-MCPD備考
対象食品基準値
EU醤油
酸加水分解植物性たん白
0.02mg/kg 
オーストラリア及び
ニュージーランド
醤油
オイスターソース
0.2mg/kg1,3-DCPの醤油基準値:0.005mg/kg
カナダ(暫定基準)醤油
オイスターソース等
1.0mg/kg 
米国(業界自主基準)酸加水分解植物性たん白1mg/kg1,3-DCPの酸加水分解植物性たん白基準値:0.05mg/kg
マレーシア酸加水分解植物性たん白を含む食品0.02mg/kg 
酸加水分解植物性たん白1.0mg/kg 
タイ酸加水分解大豆たん白を原料とする調味料1.0mg/kg 
中国醤油1.0mg/kg 

おわりに

我々が醤油から摂取する3-MCPDの一日の平均摂取量は、暫定耐容一日摂取量の1%にも満たない量であり、一般的な食生活による摂取量では問題ないと考えられます。しかし、醤油以外にもクロロプロパノール類を含む食品があることから、食生活全体からのクロロプロパノール類の摂取量を把握することが重要であり、トータルダイエットスタディが進められています。

食品からの摂取量を少なくするために、食品中のクロロプロパノール類をできる限り低くしなければならないことは、国際的な共通認識であり、我が国の該当食品業界における低減努力の結果、アミノ酸液製造工程の改良によってクロロプロパノール類を低減する技術が確立され、3-MCPDや1,3-DCPの低減化が進んでいます。