愛知県衛生研究所

クリプトスポリジウムによる集団感染

食中毒と聞くと、夏の時期に起こるサルモネラやO157などの細菌性のものや、冬の時期に起こるカキを主な原因食とするSRSV(小型球形ウイルス)を思い浮かべる人も多いかと思いますが、極まれに寄生虫の一部に属する原虫が原因で発生する場合があります。

腹痛に顔をしかめる女性

平成14年(2002年)の春先、クリプトスポリジウム症の集団感染が北海道で続けて2例発生しました。1例目は、2月19日から23日にかけて、兵庫県洲本市内のA高校の生徒・教職員212名がスキー研修を目的とした修学旅行でニセコ、室蘭などを訪れ、帰宅後、129名が腹痛、下痢、発熱等の症状を呈し、31名が医療機関を受診しました。洲本健康福祉事務所(保健所)による検査では、 病因物質と思われるウイルスや食中毒菌は検出されず、 有症者の便67件中61件からクリプトスポリジウム原虫が分離されました。また、A高校と同じ宿泊施設を同時期に利用していた他の1団体について、兵庫県豊岡健康福祉事務所(保健所)が調査したところ、 24名中18名が同様の症状を呈していたことが判明しました。

2例目は、4月8日から10日にかけて、札幌市内の専門学校が室蘭のある宿泊施設で行なった新入生オリエンテーションで、参加者300名中170名が帰宅後、腹痛、下痢等の症状を呈し、37名が医療機関を受診しました。室蘭保健所の検査によると、1例目と同様に食中毒の原因とされる細菌やウイルスは検出されず、患者の便13検体中6検体からクリプトスポリジウム原虫が分離されました。

いずれの事件でも、食品、施設の使用水からクリプトスポリジウムは検出されませんでした。また、それぞれの施設が利用する水道の供給地区からその他の患者の報告もなされていません。

日本では下記の大規模集団発生事例を受けてクリプトスポリジウム症の発生を防止するための施策が採られ、水道水の原水となる河川水を始めとする環境水などの調査が定期的に行なわれるようになりました。この対策により愛知県内はもちろん日本国内においてもクリプトスポリジウム症の集団発生は現在まで報告されていません。

顕微鏡で検査する研究者クリプトスポリジウムの水道水を介した集団感染例はこれまで日本で2例あり、1994年神奈川県平塚市の雑居ビルの関係者461人が感染した例と、1996年埼玉県越生町の小学生ら町民8,812人が感染した事例があります。平塚の事例はいくつかの悪条件が重なった結果、汚水や雑排水が受水槽に混入したことが原因とされています。越生の事例では、町の水道原水及び給水栓水からクリプトスポリジウムの生活史の一部であるオーシストが検出されましたが、その原水を汚染した原因については特定できていません。

アメリカ及びイギリスでは、1983年から本症が問題となり、早くからサーベイランス対象として捉えられていたため、水系感染による集団発生についてよく調査されています。史上最大の事例としてはアメリカ・ウィスコンシン州ミルウォーキーの事件で1993年3月に160万人が暴露し、40.3万人(25.1%)が発症し、そのうち4,400人が入院し、数百名が死亡しました。

クリプトスポリジウムとはどのような生物でしょうか

クリプトスポリジウムは宿主の胃や小腸の粘膜細胞内部に寄生したままでその一生を過ごす寄生性の原生動物(原虫)です。クリプトスポリジウムには数種ありますが、問題となるのは小型種のCryptosporidium parvumであり、多くの哺乳動物(ウシ,ヒツジ,ブタ,サル,イヌ,ネコ,ネズミ,ヤギなど)に感染することが確認されています。

図1 クリプトスポリジウム(オーシストの構造)

クリプトスポリジウムは外界では4個の細長い虫体(スポロゾイト)が入った堅い殻で覆われたオーシストとして存在します(図1)。オーシストの大きさは4〜5ミクロンで、殻が厚いため消毒剤(特に塩素剤)に強い耐性があり、不活化されにくい構造になっています。感染力のあるオーシストが上に挙げた動物に摂取され、小腸に達すると、スポロゾイトはオーシストから離脱し、粘膜上皮細胞の微絨毛に侵入します。スポロゾイトが侵入した微絨毛は大きく膨化し(写真1)、スポロゾイトはその中で複雑な生活環を経ながら無性生殖と有性生殖を行なって次々と新たな微絨毛に感染していき、その結果次々に新たなオーシストが形成されます(図2)。

写真1 小牛の腸に寄生したクリプトスポリジウムの電子顕微鏡像
図2 クリプトスポリジウムの生活環

クリプトスポリジウムによる感染症(クリプトスポリジウム症)は、オーシストに汚染された生水、生野菜などの飲食物の経口摂取によって起こります。おもな症状としては1日平均3リットルにも及ぶ激しい水様下痢と腹痛、吐き気などで、この症状は感染後3〜6日の潜伏期間を経て現れ、2〜12日間程度続きます。症状の発現と同時に糞便へのオーシストの排泄も始まります。

有効な治療薬はまだありませんが、免疫機能が正常な人は多くの場合2週間ぐらいで自然治癒します。しかし免疫機能の低下するエイズ患者や免疫抑制治療を受けている患者の感染では重症となり、激しい脱水により死亡する例も少なくないとされていて注意が必要です。

米国のボランティアによるオーシストの経口投与実験では、数十個を摂取することにより発症することが証明されています。また、海外の多くの研究で、小児はクリプトスポリジウムに感染しやすく、特に2歳以下の子どもに患者が多いと報告されていますが、年齢が進むと患者は減少します。

予防対策としては、国内では監視体制が強化されたため特殊な環境でしか感染する可能性はほとんどないものの海外旅行時には感染の可能性があることから、特に発展途上国への旅行中にはナマ水やナマ物などの摂取を避けることです。

クリプトスポリジウムに近縁の原虫には次のようなものもあります。