パナマにおける謎の疾病原因はジエチレングリコール
2006年11月28日(更新日:2025年12月17日)
パナマで2006年9月以降多数の死者を出していた謎の疾病について、米国国立環境衛生センター(NCEH)*1の科学者らが、無糖咳止め・抗アレルギーシロップ剤に混入されたジエチレングリコール(DEG)が原因であることをつきとめました。
疾病は下痢と発熱で始まり、急性腎不全、麻痺、そして死亡に至るもので、患者の多くは60歳以上の男性でした。パナマ保健省は、医師らの疾病報告に基づき、米国疾病予防管理センター(CDC)や米国食品医薬品局(FDA)などに国際協力を要請していました。
患者家族や医療従事者に発症が見られなかったことから、原因は非感染性であると考えられましたが、CDCのチームは感染症の可能性も調べるとともに、患者宅で見つかった高血圧の薬や咳止めシロップなどの医薬品を分析しました。9日後、ジエチレングリコールが原因物質として浮かび上がり、疫学調査の結果、咳止めシロップがこの疾病の患者らに共通した因子のひとつであることが判明しました。
パナマ保健省は、ジエチレングリコール混入が疑われる医薬品を病院から直ちに回収するともに、国民に使用中止を緊急告知しました。 ジエチレングリコールが検出された薬はいずれもパナマ社会保障機関の工場で製造された薬であったため、当初は製造工場の製造管理や品質管理が不十分でジエチレングリコールの混入がおきたのではないかと指摘されていました。しかしその後の調査で、中国製のジエチレングリコールが甘味料のグリセリンとして販売され、スペインの業者を経由しパナマに輸入されて、最終的にパナマ社会保障機関の工場で咳止めシロップの製造に使われたということがわかっています。
また、同様の事件はパナマの事件の約10年前、1995年11月から1996年6月にかけてハイチでも発生していました。ハイチの事件では、ハイチで製造されたアセトアミノフェンシロップを使った109人の子どもが急性腎不全と診断され、そのうち88人が死亡しました。 CDC、FDAおよびハイチ保健省の共同調査で、アセトアミノフェンシロップに配合されたグリセリンがジエチレングリコールで汚染されていたことが判明しています。この汚染されたグリセリンは中国からオランダやドイツを経由してハイチに輸入されたものでした。
ジエチレングリコールが医薬品に混入する事件は近年でも発生しており、2022年にインドネシア、ウズベキスタンおよびガンビアで、2025年にはインドで、ジエチレングリコールが咳止めシロップに混入する事件がおきています。
*1 米国国立環境衛生センター(NCEH)は米国疾病予防管理センター(CDC)を構成する組織のひとつで、環境による健康被害防止や、病気や化学物質の検出および検査方法の開発について研究をおこなっています。
日本における医薬品の安全性確保の制度
日本で医薬品の製造販売をおこなうには、医薬品の品質と安全性を確保するため、次のように法整備されています。
医薬品医療機器等法(薬機法)に基づき、製造販売業の許可と品目ごとの製造販売承認が必要です。また、承認申請にあたり、医薬品の製造を行う施設において、製造業の許可(届出)及び当該品目に係る「GMP(Good Manufacturing Practice、医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準)」への適合が求められています。
GMPでは、製造管理者の監督のもと、製造部門と品質部門が適正かつ円滑に業務を遂行することが求められます。原料の受け入れから製造、保管、出荷に至るまで、製品ごとに製品標準書を作成・保管し、手順書に従って製造管理および品質管理が適正かつ円滑に実施されることが求められます。
製造管理および品質管理が適正かつ円滑に実施されているかは、薬事監視員による立ち入り検査(監視指導)によって確認されています。当所では、県庁医薬安全課の薬事監視員に同行し、県内医薬品製造メーカーの品質管理部門への指導助言を行っています。
食品のジエチレングリコール事件
ジエチレングリコールは医薬品のみならず、食品にも混入した事例があります。
1985年オーストリアで、一部のワイン業者が糖度の足りないワインにジエチレングリコールを混ぜ、極甘口のデザートワインとして販売していた事件が発覚しました。
日本でも検査が行われ、輸入ワインだけでなく一部の国内品からもジエチレングリコールが検出されました。国内品については、デザートワインのブレンド用に輸入した外国産ワインを「国産デザートワイン」と産地偽装表示して販売していたことが明らかとなりました。
ジエチレングリコールは甘みがあり、粘度の高い無色の液体であるため、ワインに添加すると甘くとろりとした舌触りになり、高級感を感じさせることができたようです。
当所では、当時西ドイツおよびイタリア産ワイン152検体を検査しました。3検体から0.01〜0.03 g/Lのジエチレングリコールを検出し、該当品は輸入元の管轄自治体により処分されました。
食品の安全性確保の制度
食品の安全性を確保するために、米国航空宇宙局(NASA)が考案したHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Points、ハサップ)方式が国際的に導入されています。HACCPは食品等事業者自らが異物混入や食中毒菌汚染などの危害要因(ハザード)を把握した上で、製造工程における重要管理点(Critical Control Points)を連続的に監視することで、製品の安全性を確保しようとする衛生管理手法です。
日本では2021年6月1日から原則すべての食品事業者に対してHACCPに沿った衛生管理の導入が義務化されました。
ジエチレングリコールについて
ジエチレングリコール(HOCH2CH2OCH2CH2OH)は、水溶性の無色無臭の粘稠な吸湿性液体で甘味があります。主に車の不凍液として使用されています。
医薬品原料や食品添加物としての使用は認められていません。
中毒症状は吐き気、嘔吐、頭痛、下痢、腹痛などで、大量摂取により腎臓、心臓、神経系に影響を及ぼします。ヒトの経口致死量(LD50)は約1000 mg/kg体重とされています。
なお、名前の似た「プロピレングリコール(CH3CHOHCH2OH)」は、食品衛生法で使用が認められている食品添加物であり、静菌効果や保湿効果を期待して使用されています。