新城市出沢地区を流れる豊川には、かつて三つの滝がありました。豊川は江戸時代の初期から、切り出した材木の運搬に利用されていましたが、1643年に新城藩主が「二の滝」が運搬の障害になっているとの苦情を耳にし、石工を呼び寄せてこれを切り開かせました。このとき出沢の瀧川宗右衛門一貞(地元の代官)が、さらに私費を投じて三の滝の「棚巌(たないわ)」と言われた大岩盤も切り開かせました。これにより、滝を飛ぶ鮎の数が増え、1646年瀧川家は「永代瀧本支配」のお墨付きを与えられ、以来、出沢地区の特権になったとされています。 |