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お知らせ

ページID:0366505 掲載日:2023年11月17日更新 印刷ページ表示

埋蔵文化財調査センターからのお知らせです

【令和 5 年度】

第2回全国公立埋蔵文化財センター連絡協議会東海・北陸ブロック共同事業「埋蔵(まい)文化(ぶ)財(ん)ってなぁに?」開催

 調査研究課の城ヶ谷です。
 全国公立埋蔵文化財センター連絡協議会は全国の地方公共団体が設置した埋蔵文化財センタ-等が加盟する組織で、埋蔵文化財の保護・公開・活用の充実調査・研究水準の向上などを目的に設立されました。
 東海・北陸ブロックでは各機関が実施する展覧会等のイベントを相互に紹介するブロック共同事業「埋蔵文化財(まいぶん)ってなぁに?」を実施しています。 

 各機関のところをクリックしていただき、イベントを確認して、近くにお出かけの際は、ぜひお立ち寄りください。

〔東海・北陸ブロックの加盟機関〕  チラシ表

富山県埋蔵文化財センター(富山市) [PDFファイル/2.79MB]    

福井県埋蔵文化財調査センター(福井市) [PDFファイル/659KB]

愛知県埋蔵文化財調査センター(弥富市) [PDFファイル/1.73MB]     

安城市埋蔵文化財センター(安城市) [PDFファイル/985KB]

東浦町埋蔵文化財センター(東浦町) [PDFファイル/1.05MB]

三重県埋蔵文化財センター(明和町) [PDFファイル/417KB]

津市埋蔵文化財センター(津市) [PDFファイル/1.24MB] 

松阪市文化財センター(松阪市) [PDFファイル/1015KB]

 

 

瀬戸蔵ミュージアム「品野の窯業」展へ出土品の貸出を行いました

 調査研究課の城ヶ谷です。

 5月15日(公財)瀬戸市文化振興財団令和5年度新出土品展「品野の窯業」へ出土品の貸出を行いました。
 今回貸出したのは瀬戸市勘介窯跡(かんすけかまあと)始め6遺跡から出土した陶器96点です。
 

チラシ

瀬戸市北東部に位置する品野地区では、鎌倉時代から現在まで長期にわたり窯業が行われています。生産の始古瀬戸まりは13世紀(鎌倉時代)「古瀬戸」と呼ばれる施釉陶器などが焼成されました。16世紀(戦国時代)には、窯体構造が半地下式の窖窯(あながま)から大窯(おおがま)と狛犬呼ばれる地上式の窯に変化し、天目茶碗を始め大量の製品が生産されました。16世紀後半(織豊期)には瀬戸窯における生産が一時途絶えましたが、江戸時代になると再び盛んに生産が行われるようになりました。 

 写真上は中洞窯跡(なかぼらかまあと)から出土した鎌倉時代の古瀬戸花瓶(けびょう)・合子(ごうす)・入子(いれこ)です。写真中は勘介窯跡から出土した戦国時代の狛犬(こまいぬ)2点です。どちらも(うん)で、器高9.6cm、9.7cmと小水滴型品です。写真下は桑下城跡(くわしたじょうあと)から出土した戦国時代の水滴(すいてき)です。鉄釉が掛けられたもので、左が水鳥、右がの形態をしています。どんな人が使ったのでしょうか。
   お貸しした出土品は8月20日(日曜日)まで、瀬戸市瀬戸蔵ミュージアムで展示されています。ぜひご覧になってください。

   詳しくは瀬戸蔵ミュージアムHPをご覧ください。 ←ここをクリック 

 ​

あいち朝日遺跡ミュージアム「石の斧、鉄の斧」展へ出土品の貸出を行いました

 調査研究課の城ヶ谷です。

 4月25日清須市あいち朝日遺跡ミュージアム「石の斧、鉄の斧」展へ出土品の貸出を行いました。
 今回貸出したのは豊橋市麻生田大橋(あそうだおおばし)
チラシ遺跡、瀬戸市長谷口(はせぐち)遺跡など6遺跡から出土した鉄斧・石斧40点です。

 人類の歴史を概観するとヨーロッパからアジアにかけて、概ね石器時代青銅器時代鉄器時代という順に道具の材料で時期が分けられます。しかし、日本では縄文時代(新石器時代)の後、弥生時代になって大陸から青銅器と鉄器がほぼ同時に伝わり両者を併用することになります。青銅器は主に銅鏡や銅鐸、銅剣など宝器儀式用の道具として使われ、鉄器は主に農耕具武器など実用的な道具として使われました。

 を初めとする利器は弥生時代になると徐々に石製から鉄製へと替わっていき、弥生時代後期には石器はほとんど姿を消してしまいます。鉄の斧は石の斧に比べて鋭利なことから、より早くより多くの木を切ることができ、社会の生産力が高まります。また、鉄素材は朝鮮半島から搬入されたとされていますが、鉄を加工するため、高温を用いる新しい技術の発達が促進されました。

石から鉄への転換は単に素材の変化だけに止まらず、人々の生活や社会も大きく変えていったと思われます。
石の斧鉄の斧

石の斧(左:磨製石斧、右:打製石斧) 麻生田大橋遺跡     鉄の斧 長谷口遺跡

会場には20世紀の石斧(パフアニューギニアの民族資料)も展示されるなど、さまざまな角度から斧が取り上げられています。

展覧会は令和5年6月25日(日曜日)まで開催されています。ぜひご覧になってください。                  

詳しくはあいち朝日遺跡ミュージアムHPをご覧ください ← ここをクリック

 

春の特別公開2023を開催します

 調査研究課の城ヶ谷です。

当センターは昨年6月から大規模改修工事のため今年3月末まで閉館しておりましたが、ようやく工事が終了しました。館内は大きくは変わっていませんが、トイレや照明などが新しくなりました。

調査センター

4月10日から21日までリニューアルオープンを兼ねて「春の特別公開2023」を開催します(土、日は閉館)。テーマは「収蔵庫に眠る逸品たち3」で、当センターが所蔵する県内各地の遺跡から出土した1万箱を超える出土遺物のなかから代表的なものを選んで公開します。今回は次の4点を展示します。入館は無料です。 ぜひ、ご覧になってください。

収蔵庫に眠る逸品たち3 】                                                                                    

絵画文壺 縄文土器

 1  土師器絵画文壺 寄島遺跡(安城市)​   2 縄文土器鉢 笹平遺跡(設楽町)​絵画文

 1古墳時代初頭の土師器壺です。体部は球形で、肩の部分に直線と曲線で構成される線刻画が描かれています。さて、この線刻画はいったい何を表しているのでしょうか。ぜひ実物をご覧ください。
 2縄文後期初頭の磨消縄文土器(すりけしじょうもんどき)と呼ばれる土器です。磨消縄文とは沈線で囲まれた縄文部と無文部を交互にくり返すことによって文様効果を高める装飾技法で、縄文後期前半に九州から関東にかけて広く見られるものです。 

手付瓶志野向付

   4 志野向付 清洲城下町遺跡(清須市)

3平安時代前半の猿投窯産灰釉陶器手付瓶です。器高約22cmと手付瓶のなかでは大型品で、口縁部の一部を欠いていますがほぼ完形品です。口縁部から体部上半にかけて刷毛(はけ)により灰釉が施釉されています。
3 灰釉陶器手付瓶 塔の越遺跡(稲沢市)​  4安土桃山時代から江戸初期にかけての志野向付(しのむこうづけ)です。体部には擂座(るいざ)と呼ばれる突起が貼り付けられ、鉄絵を描いた上に長石釉(ちょうせきゆう)が厚く施されています。底部には円柱状の脚が4ヶ所に付さています。茶陶の優品がたくさん作られた時期の美濃窯の製品と考えられます。

また、(公益財団法人)愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センターによる春の埋蔵文化財展「やとみ新発見展゛2023同時開催しています(入場無料)。 名城公園遺跡を始め、昨年度、埋文センターが県内各地で発掘調査した遺跡について、最新の成果が展示されます。あわせてご覧ください。  

 

【令和 4 年度】

愛知県埋蔵文化財調査センターの改修工事に伴う普及啓発事業等の一部変更について

 当センターは令和4年度に大規模改修工事を行います。それに伴い、以下のとおり事業の変更を行います。

【事業の中止】

 例年、実施しております次の事業について、今年度は中止とします。

 ・高校生のための考古学サマーセミナー(8月)

 ・秋の特別公開(11月)

【利用期間の制限】

 次の事業について、以下の期間は停止とします。

 ・個人及び団体の施設見学   令和4年6月1日~令和5年3月31日

 ・展示室及び図書室の利用   令和4年6月1日~令和5年3月31日

 ・博物館等への遺物貸出    令和4年10月1日~令和5年3月31日

 ・資料調査等の遺物実見    令和4年10月1日~令和5年3月31日

   *遺物貸出、遺物実見をお考えの機関・個人は、ご相談ください

【連絡事項】

 ・6月以降は駐車場が使えなくなりますので、ご来館の際は公共交通機関をご利用ください。

 ・新型コロナウイルス感染症の拡大状況によっては、日程を変更する場合があります。その際は
  改めてホームページにてお知らせします。

 ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。

 なお、出前授業等の普及啓発活動は通常通り実施します。ご希望の機関はご連絡ください。

 

博物館・資料館に行こう!(5)  愛知・名古屋 戦争に関する資料館 

調査研究課の城ヶ谷です。

 今回は11月18日(金曜日)から令和5年3月5日(日曜日)まで、愛知県庁大津橋分室1階の「愛知・名古屋 戦争に関する資料館」で行われている企画展示「軍馬の歴史を探る」について紹介します。
 この展覧会は軍馬の歴史についてパネルや出土品などを用いて展示するもので、当センターからは名古屋城三の丸遺跡から出土した馬の蹄鉄(ていてつ=写真上)と乗馬靴のかかとに付ける拍車(はくしゃ=写真下)をお貸ししました。
 明治維新により名古屋城三の丸一帯の武家屋敷はすべて破却され、後に陸軍第三師団が置かれました。三の丸遺跡の発掘調査では馬具もたくさん出土しており、多くの軍馬がいたことが想定されます。

 馬の歴史について蹄鉄
 日本列島において、馬が活躍するのは古墳時代以降とされています。
 それ以前、日本でも馬の化石が見つかっていることから、旧石器時代には馬が生息していたことが想定されています。しかし、その後の気候の 温暖化で草原が森林に変わるなど、環境の変化により絶滅したとされています。                       

 縄文・弥生時代に馬がいたかどうは、まだ拍車定説がありません。中国の史書『魏志倭人伝』では弥生時代の日本について「馬なし」と記述しています。
 明治40年、名古屋市熱田区高蔵町付近で大津通の改修工事が行われた際に土器が出土しました。翌年、発掘調査が行われ、弥生土器とともに、刻み目のある馬骨、抜歯痕のある人骨などが出土し、高蔵遺跡の存在が明らかとなりました。なかでも馬骨の出土は、弥生時代における馬の存在に関わり、大きな議論となりました。他県でも同様の出土例が報告されていますが、縄文時代・弥生時代の馬の存在については、結論が出ていません。                          

 古墳時代になると、馬具馬形埴輪などの出土品が急増し、馬が急速に普及したことわかります。 
 それ以降、馬は家畜、荷馬軍馬として活躍しましたが、近代、日清戦争を始め外国と戦争するようになると、日本の馬は欧米の馬に比べて体格が小さく、大砲などを牽く軍馬としてはあまり役に立たないことが明らかになりました。そこで当時の政府が国家的政策として馬の品種改に取り組み、現在のような欧米並みの体格を持つ馬が誕生したということです。

 今回の展示では、そのような軍馬の歴史を知ることができると思います(入館無料)。

 愛知県庁大津橋分室について            大津橋分室     
 愛知・名古屋 戦争に関する資料館
が入る愛知県庁大津橋分室は1933(昭和8)年に愛知信用組合連合会の建物として建設され、1957年に愛知県に寄贈されたものです。設計は当時、愛知県総務部営繕課の建築助手であった黒川巳喜氏(愛知県出身の建築家黒川紀章氏の父)らによるもので、ゴジック風の柱丸窓バルコニーの装飾などが特徴的な昭和初めモダンな建物です。内部は天井が高く、床や壁に貼られたタイル、カーブする階段の手摺りなど、各所に趣があります。

 展示とともにぜひ建物もご覧になって下さい。

 詳しくは右のホームページをご覧ください。愛知・名古屋 戦争に関する資料館                                            
                         ↑ ここをクリック​

第1回全国公立埋蔵文化財センター連絡協議会東海・北陸ブロック共同事業「埋蔵文化財(まいぶん)ってなぁに?」始まる

 調査研究課の城ヶ谷です。
 全国公立埋蔵文化財センター連絡協議会は全国の地方公共団体が設置した埋蔵文化財センタ-等が加盟する組織で、埋蔵文化財の保護・公開・活用の充実調査・研究水準の向上などを目的に設立されました。

 東海・北陸ブロックには下の8機関が所属しており、毎年各機関が抱えている課題について協議したり、情報交換をしたりして、埋蔵文化財行政の推進に努めています。

 その中で、今年度から各機関が実施する展覧会等のイベントを相互に紹介するブロック共同事業「埋蔵文化財(まいぶん)ってなぁに?」を実施することとなりました。 

チラシ

各機関のところをクリックしていただきイベントを確認して、近くにお出かけの際は、ぜひお立ち寄りください。

 〔東海・北陸ブロックの加盟機関〕         

 富山県埋蔵文化財センタ-(富山市)     

 福井県埋蔵文化財調査センタ-(福井市)

 愛知県埋蔵文化財調査センタ-(弥富市)  

 三重県埋蔵文化財センター(明和町)

 東浦町埋蔵文化財センタ-(愛知県東浦町)

 安城市埋蔵文化財センタ-(愛知県安城市)

 津市埋蔵文化財センタ-(三重県津市) 

 松阪市文化財センタ-(三重県松阪市)

 

博物館・資料館に行こう!(4) 愛知県陶磁美術館 

 調査研究課の城ヶ谷です。

 今回は、11月5日(土曜日)から愛知県陶磁美術館で行われる(公財)瀬戸市文化振興財団令和4年度企画展「戦時下のせとやき-近代後期の瀬戸窯と美濃窯-」について紹介します。

 この展覧会は日清戦争以降、太平洋戦争に至るまでの長い戦争の道程を歩み続ける日本の「戦時下」における「せとやき」や陶磁器生産のうつりかわりなどを概観するものです。

 当センターからは瀬戸市北山窯跡(ほくざんかまあと)から出土した陶磁器をお貸ししました。
   北山窯跡は瀬戸市の北部、品野盆地北側の丘陵斜面に築かれた近・現代の窯跡です。平成27年度と平成29年度に発掘調査が行われましたが、瀬戸でもこの時期の窯の発掘調査事例はほとんど無く、貴重な発掘資料となりました。

 窯は(製品を焼成する小部屋)がいくつも連なった形の連房式登窯(れんぼうしきのぼりがま)と呼ばれるもので、明治35(1902)年8月15日が初窯火入れであったと記録されています。

 1902年といえば、日清戦争後の三国干渉などで日本とロシアの対立が深まり、イギリスとの間に(対露)日英同盟が結ばれた年です。この2年後の1904日露戦争が起こりました。
製品窯道具
北山窯跡出土陶磁器(上部が陶器、下部が磁器)      北山窯跡出土窯道具

くっついた碗

 北山窯跡の製品には陶器のすり鉢植木鉢、磁器の湯呑などがあります(写真上左)。製品を焼くための道具である窯道具には色見(いろみ)・匣鉢(さやばち)・トチツクなどがあります(写真上右)。

 右下の写真は碗と匣鉢がくっついてしまった失敗品です。小型の製品はこのように匣鉢に入れられ、何段も積み重ねられて焼成されます。  

 お貸しした出土品は11月5日から12月18日まで愛      匣鉢にくっついた碗​​
知県陶磁美術館本館1階ギャラリー(陶芸展示室)でご覧になれます(観覧無料)。                  
                                                                         ​ なお、本館1階第1展示室・第2展示室では10月29から令和5年1月15まで、愛知県陶磁美術館特別展平安のやきもの―その姿、うつろいゆく」が開催されます。

 瀬戸窯の源流である猿投窯(さなげよう)の緑釉陶器(りょくゆうとうき)・灰釉陶器(かいゆうとうき)の優品が多数展示されます。ぜひ、併せてご覧になってください。

 詳しくは右のホームページをご覧ください。 愛知県陶磁美術館  ←ここをクリック​

 

博物館・資料館に行こう!(3) 設楽町奥三河郷土館

 調査研究課の城ヶ谷です。

 今回は、設楽町奥三河郷土館で行われている(公財)愛知県教育・スポーツ振興財団愛知県埋蔵文化財センター令和4年度の秋の埋蔵文化財展「悠久の記憶~設楽ダム関連発掘調査成果展~」について紹介します。

 展示風景秋の埋蔵文化財展は愛知県埋蔵文化財センタ-が毎年秋に実施していますが、今年は設楽町において長年実施されてきた設楽ダム関連の埋蔵文化財発掘調査の成果を広く公開するため、主な出土遺物を現地で展示するということです。

 展示は奥三河郷土館2階企画展示コーナーで行われており(無料)、笹平(ささだいら)遺跡、上ヲロウ・下ヲロウ遺跡など7遺跡から出土した縄文時代から江戸時代に至る遺物が展示されています。

 右下の写真は笹平遺跡から出土した弥生時代前期の条痕系壺(じょうこんけいつぼ)です。この時期、三河を中心に見られる縄文文化の伝統を引き継ぐ条痕文土器と呼ばれる土器ですが、上半部は弥生時代前期に西日本で流行した弥生文化の象徴的な土器である遠賀川式(おんががわしき)土器の特徴を持っています。縄文と弥生が融合したデザインで、ほかには類例が無く、極めて珍しい土器です。

条痕壺

 会場である奥三河郷土館は、以前より北設楽郡の拠点的な資料館として知られていますが、令和3年5月に設楽町田口から清崎の地に移転して、オープンしたばかりです。
 考古部門の他に歴史・民俗・自然関係の展示も行われています(有料)。西側に道の駅したらが併設されており、そこでは飲食や地元産品の買物もできます。                    

 開催期間は8月31日(水曜日)から9月26日(月曜日)までです。   

 ぜひ、ご覧になってください。   ⇒ 終了しました。

詳しくは、以下のホームページを参照してください。

愛知県埋蔵文化財センター  ← ここをクリック       条痕系壺(弥生時代前期)

設楽町奥三河郷土館     ← ここをクリック                  

 【終了しました】

博物館・資料館に行こう!(2) 幸田町郷土資料館

調査研究課の城ヶ谷です。

 今回は、幸田町郷土資料館で行われている企画展「こうたのはじまり物語-牛ノ松遺跡と旧石器時代-」を紹介します。

 この展示は幸田町牛ノ松(うしのまつ)遺跡出土を中心に県内各所の旧石器時代の石器資料を紹介するものです。牛ノ松遺跡は旧石器時代から縄文時代にかけての石器が包含層中からまとまって出土したことで知られています。

 その石器群の中で、注目されるのが黒曜石製尖頭器(こくようせきせいせんとうき)です(写真右)。尖頭器は先端が鋭く尖っており、木の柄などにつけて投げ槍とし、狩猟などに使われたと考えられています。黒曜石製尖頭器

 黒曜石は県内では産出せず、黒曜石製の石器類は主に長野県和田峠周辺のものが用いられたと考えられています。
 しかし、牛ノ松遺跡の黒曜石製尖頭器は、最近、蛍光(けいこう)X線分析などから、伊豆諸島の一つである神津島(こうづしま)と推定されています。

 神津島は伊豆半島の南端石廊崎沖約50kmの太平洋上にあります。伊豆諸島周辺は黒潮の分流が北上し、石廊崎沖は後世の太平洋沿岸航路のなかでも難所の一つとされています。

 旧石器時代の人々はどのようにして神津島から黒曜石を手に入れたのでしょうか!

チラシ

 神津島産黒曜石で作られた石器は静岡県東部を中心に、関東南部各地から出土していますが、愛知県は最も離れた出土例の一つになります。

 この黒曜石製尖頭器はどのような経緯で牛ノ松遺跡に運ばれたのでしょうか!

 今回、貸し出した遺物は牛ノ松遺跡の他に岡崎市西牧野(にしまきの)遺跡、北設楽群設楽町川向東貝津(かわむきひがしかいづ)遺跡から出土した石器もあります。

 展示は令和4年9月11日(日曜日)までです。ぜひご覧になってください。
 幸田町郷土資料館 ←ここをクリック

    チラシ(おもて面)      【終了しました】
    

博物館・資料館に行こう!(1) あいち朝日遺跡ミュージアム

 調査研究課の城ヶ谷です。

 8月に入って暑い日が続くようになり、夏本番となってきました。海や山もいいですが、博物館や資料館に行ってみませんか!
  お出かけ先として当センターが資料をお貸ししている博物館・資料館の企画展をいくつかご紹介します。

  まずは清須市にあるあいち朝日遺跡ミュージアムです。

  今、ちょうど企画展弥生人といきもの2022 シカをねらえ!」が開催されています。

  シカは弥生時代の人々にとっていちばん身近で貴重な動物でした。シカの肉は食料となり、角や骨は加工されて装飾品や道具として利用されました。朝日遺跡(あさひいせき)ではシカの肩甲骨(けんこうこつ)を使って太占(ふとまに)と呼ばれる占いも行われていました。

  また、シカは銅鐸(どうたく)や土器に描かれる絵画によく登場します。
  オスの角は毎年春先には自然と根元から落ちて、夏にかけて再び新しい角が生えてくるという脱落と再生を繰り返す一年のサイクルを持っています。角は体に合わせて毎年大きくなり、枝分かれして立派なものになっていきます。
  そのようなことから、おそらく弥生時代の人々はシカを再生や豊穣に関わる神聖な動物ととらえ、絵画にもたくさん描いたものと思われます。

  当センターからお貸ししている稲沢市一色青海遺跡(いっしきあおかいいせき)出土品にもシカの絵が描かれています。

  写真1の土製垂飾(どせいすいしょく)は長さ3cm、直径1cmの紡錘形(ぼうすいけい)で、上端に穴が空けられています。おそらく、ここに紐(ひも)を通して、ペンダントのようにして使ったものと思われます。中央付近に頭を左にしたシカが線刻されています。
 写真2の土製筒形容器には「ベンガラ」と呼ばれる酸化鉄が主成分の顔料を用いて、縦一列に6頭のシカが描かれています。全国的にも線刻の類例は多くありますが、赤色顔料で描いた例は他にありません。

土製垂飾筒型容器

      写真1 土製垂飾       写真2 土製筒型容器

 企画展は令和4年9月19日(日曜日)まで開かれています。ぜひ実物をご覧になってください。

 詳しくは右のホームページをご覧ください。 あいち朝日遺跡ミュージアム ←ここをクリック​

    【終了しました】

 

春の特別公開2022を開催します。

 愛知県埋蔵文化財調査センターでは、毎年春に所蔵品のなかから逸品を選んで特別に公開しています。
 今回は「戦国期の祈りと呪(まじな)い」というテーマで、戦国期に関わる出土品を展示します。

1  期間  

  令和4年4月4日(月曜日)~4月15日(金曜日) 午前9時から午後4時まで

  4月9日(土曜日)・10日(日曜日)も特別に開館します。

  *入館無料

2  場所      

  愛知県埋蔵文化財調査センター (弥富市前ケ須町野方802-24) 

3  内容

(1) 展示 

 春の特別公開2022「戦国期の祈りと呪(まじな)い」 2階展示ケース 
 自然災害や疫病の蔓延、度重なる戦乱の中で戦国期の人々は何を願い、何に祈ったのでしょうか。遺跡からはその様子を垣間見ることができる遺物がいくつか出土しています。

 呪符木簡(じゅふもっかん=写真1)は岩倉市岩倉城跡本丸内の溝から出土しました。表に□鬼」「急々如律令」など、災いや邪気を追い払う言葉や記号が書かれています(□は判読不明)。これらは陰陽道(おんみょうどう)に関わるもので、疫病退散、病気平癒などの願いが込められていると思われます。

 写真2は杮経(こけらきょう)と呼ばれるもので厚さ約1mmの薄い板法華経を書き写したものです。清須市清洲城下町遺跡中堀近くの土坑から約千点が重なった状態で出土しました。追善供養造塔の功徳・写経の功徳による死後の安楽を願うものと考えられています。

 大鍬(おおぐわ)の鍬先(写真3)は清洲城下町遺跡本丸東側石垣の土台木付近から出土したものです。木身と鉄の刃先がほぼ完全に残っており、1586(天正14)年頃の清須城大改修に伴う石垣構築に際し、工事の無事を祈って納められたものと思われます。

 写真4の鉄釉狛犬清洲城下町遺跡中堀南側で、天正地震(1586年)以前に掘られた土坑から出土しました。瀬戸・美濃窯大窯の製品で、愛嬌のある顔つきをしています。形態や製作技法が類似する狛犬が西尾市久麻久(くまく)神社に所蔵されています。

呪符木簡呪符木簡(図)杮経

      写真1  呪符木簡               写真2  杮経

鍬先狛犬

         写真3  大鍬先              写真4  鉄釉狛犬

 

(2) イベント 

火起こし体験 4月9日(土曜日)・10日(日曜日) 午前10時から午後4時まで

  1階 入口横駐車場  *事前申込み不要、参加無料

4 その他

・ 同じフロアで、(公財)愛知県教育・スポーツ振興財団愛知県埋蔵文化財センター春の埋蔵文化財展「やとみ新発見展゛2022」と「発掘された愛知の城」が開催されます。4月9日(土曜日)・10日(日曜日)には「縁日」が開催され、「城輪投げ」「お宝記念撮影」などのイベントが行われます。入館・参加無料。

・新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、発熱症状のある方又は体調のすぐれない方はご来館をお控えください。また、来館時には手指の消毒マスクの着用をお願いします。

    ダウンロード → チラシ [PDFファイル/406KB]

   【終了しました】

 

【令和 3 年度】

秋の特別公開2021を開催します。

 調査研究課の城ヶ谷です。

 今年度も愛知県埋蔵文化財調査センター「秋の特別公開2021を開催します。

 今年のテーマは「戦国期を彩る逸品」です。特別開館日には「拓本講座」も行います。

桑下城跡出土和鏡裏面期間 令和3年11月4日(木曜日)から11月12日(金曜日)まで

時間 午前9から午後4まで

場所 当センター2階 *入場無料      

特別開館日 11月6日(土曜日)・7日(日曜日)  

 午前10時から午後4時まで 拓本講座実施   参加無料・事前申込み不要                

 *(公財)埋文センターオープニングイベント『びっくり!まいぶん やとみ城もおこなわれます。新作ゲーム『戦国愛知!城取り輪投げ~英雄たちの夢~』 が初登場! 
  
     今回は期間中、戦国期を中心に普段あ桑下城跡出土和鏡表面まり展示できない金属製品や木製品を展示します。
 写真はその中の一点である瀬戸市桑下城跡出土の「菊花双鶴(きくかそうかくきょう)」です。室町時代に製作された和鏡ですが、とても保存状況が良く、鏡面はつるつるです。

 同じような意匠や文様を持つ和鏡が、和歌山県速玉大社所蔵の国宝古神宝の和鏡十八面の一つである「菊唐草双鶴鏡」です。これらの和鏡は明徳元(1390)年足利義満らにより納められたもので、14世紀半ば頃に京都の工房で作られたものと考えられています。桑下城の鏡も同じ頃に京都の工房で作られたものかもしれません。                

 この鏡は本丸北側の北東堀(箱堀)埋土下部から、ななめに立った状態で出土しました。本丸から投げられたか、転落した状況が考えられます。

 桑下城跡は、文明14(1482)年に永井民部によって築かれたとされています。戦国期、品野一帯は尾張織田勢三河松平・今川勢の国境として、争奪が繰り返されていましたが、永禄3(1560)年織田信長の品野城攻めで、品野三城(品野、桑下、落合)が焼失、落城したとされています。同年、桶狭間の戦いの敗戦により今川勢が衰退して、桑下城は廃城となったとみられています。
  さて、この鏡の所有者は誰で、どのようにして城の堀に埋没することになったのでしょうか。

 同じフロアで(公財)埋文センター秋の埋蔵文化財展2021「発掘された愛知の城」 桑下城跡出土菊花双鶴鏡と陶製水滴の展示もご覧いただけます(入場無料)。                  

  ぜひ当センターにお越しください!  チラシ [PDFファイル/418KB]          

秋の埋蔵文化財展に向けて展示替えを行っています。

 調査研究課の尾崎です。

 現在当センターでは、秋の埋蔵文化財展に向けて資料管理閲覧室で展示替えを行っています。そのため、11月3日(水曜日)まで資料管理閲覧室の見学はできなくなっております。御了承ください。

 また収蔵庫Cで行っている常設展示ですが、10月7日(木曜日)まで見学が可能です。こちらの部屋でも10月8日(金曜日)以降は展示替えを行いますので、11月3日(水曜日)まで見学ができなくなります。

 御不便をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

須恵器、山茶碗 資料館に行こう!

 調査研究課の城ヶ谷です。

 8月も後半になりました。せっかくの夏休みですが、コロナ禍の今、県を超えての移動自粛が求められています。
そんななかで、お出かけ先として当センターが資料をお貸ししている二つの資料館の企画展を紹介したいと思います。コロナ対策をしてお出かけください。

みよし市歴史民俗資料館夏季企画展「シリーズ猿投窯の歴史を探る1 猿投開窯」脚付壺

 猿投窯(さなげよう)は名古屋市東部からみよし市・豊田市など20km四方の丘陵地帯にある古代須恵器・灰釉陶器(かいゆうとうき)600基以上、中世山茶碗窯400基以上、計1000基以上の窯からなる窯場であると考えられています。
 5世紀の開窯以来、14世紀に至るまで約千年の長きにわたって連綿と操業を続けていた国内でも稀有な窯場です。

 今回は、5世紀に開窯してから6世紀代に至る古墳時代の生産を中心とする展示です。
 当センターからは名古屋市北区志賀公園(しがこうえん)遺跡から出土した猿投窯最古に遡ると考えられる須恵器群をお貸ししています。

 展示は令和3年9月12までです。ぜひご覧になってください。           

 写真右:志賀公園遺跡出土須恵器脚付壺                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                    
幸田町郷土資料館企画展「幸田の山茶碗」                    

 山茶碗(やまぢゃわん)は平安時代末から室町時代にかけて東海地方一円で使山茶碗われた無釉の陶器碗、皿、鉢などがあります。
 名前の由来は、山に行くと(窯があってそこに)普通に落ちているというようなことから「山茶碗」と呼ばれるようになったといわれています。実は山茶碗は山だけでなく、畑などでもよく落ちています。

 山茶碗の窯は大きなもので3m、長さ10もあり、同じ器種を何枚も重ね焼きするので、一度に千点以上の製品が焼成されたと思われます。                                                                                                                                                      
 主な産地は県内では猿投窯、瀬戸窯の他、知多半島、渥美半島でも生産が行われていました。常        K-G-93号窯出土山茶碗
滑窯のある知多半島では中世の窯が約1200基(一説には3000基) もあったと想定されています。
 その生産量は膨大なものであったと考えられ、山茶碗は県内どこにでも落ちていることになります。

 西三河では幸田町北部から岡崎市南部にかけて山茶碗窯があり、幸田窯と呼ばれていますが、これまで窯体の調査例がなく実態がよく分かっていません。今回の展示をご覧になると幸田窯の輪郭が少しでもわかるかもしれません。
 当センターからは幸田町牛ノ松遺跡・東光寺遺跡みよし市KG-93号窯出土の山茶碗をお貸ししています。

 展示は令和3年9月5日までです。ぜひご覧になってください。  

令和3年度高校生のための考古学サマーセミナー 受講生募集!

令和3年度高校生のための考古学サマーセミナーを開催します。

考古学発掘調査の方法などについて、学ぶことができる!

出土した土器石器直に触れることができる!

また、出土品の整理作業遺物の保存・科学分析室巨大な収蔵庫など普段目にすることができない施設のあちこちを見ることができる!

考古学や歴史を学ぶことの楽しさ、意味を理解し、自らのキャリア形成について考える機会を提供します。

1 対 象講義風景

  県内の高校生 20名程度  参加無料          

  *応募者多数の場合は抽選になることがあります。

2 日 時

  令和3年8月5日(木曜日)  午前10時から午後4時まで

3 場 所

  愛知県埋蔵文化財調査センター   2階研修室ほか

4 内容及び申込み方法                                                 

  個人またはグループで直接施設見学当センターに申し込んでください。
  詳細は下の要項等をダウンロードしてご覧ください。

5 申込締切

  令和3年7月21日(水曜日)                           

6 その他

・新型コロナウイルス感染症拡大状況によっては、中止する場合があります。

 実施要項 [PDFファイル/145KB]

 申込書 [Excelファイル/31KB]                                                                                    写真 上:講義風景 下:施設見学                                                                                                                 
  チラシ [PDFファイル/444KB]

 

 

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