あいちdeニューノーマルの選択肢、半農半Xな暮らしガイド ー買うからつくるへー

実践者たち

小早川武史さん

豊根村は、長野県と静岡県の県境に接し愛知県最高峰の茶臼山を有する村。山々と渓谷が織りなす自然豊かな地域です。

豊根村は、長野県と静岡県の県境に接し愛知県最高峰の茶臼山を有する村。山々と渓谷が織りなす自然豊かな地域です。
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山々と渓谷が織りなす自然豊かな地域です。スマートフォン用

小早川さんの半農半Xのヒストリー

1997年名古屋市出身、2016年大学進学で東京へ、2019年4月地域おこし協力隊員(チョウザメ養殖)、2019年6月農業にチャレンジ、2019年学習塾スタート、2020年ランナーズクラブ
1997年名古屋市出身、2016年大学進学で東京へ、2019年4月地域おこし協力隊員(チョウザメ養殖) スマートフォン用
2019年6月農業にチャレンジ、2019年学習塾スタート、2020年ランナーズクラブ スマートフォン用

半農半Xの一年

タマネギ・ニンニク・とうもろこし・枝豆・里芋・大豆・大根など:1月〜12月、チョウザメとアマゴの養殖:1月〜12月、学習塾(私塾)の講師、ランナーズクラブのトレーナーなど:1月〜12月
半農半Xの収入 比率、農業:10%・養殖・塾講師:90%
小早川さんイメージ動画はこちら
小早川さんのショート動画がご覧になれます。ぜひご覧くださいね。
※「愛知県農業水産局農政部農政課YouTube」運用方針 [PDF/43KB]

最寄りの施設

中学校車で15分、保育園車で15分、コンビニ車で30分、飲食店車で15分、食料品車で15分、救急医療車で60分、衣料店車で20分、小学校車で15分、高校車で50分、美容床屋車で90分、職場車で20分、薬局車で90分、郵便局車で15分、ガソリンスタンド車で15分
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役に立った行政などの支援策(※マークは別ウィンドウで開きます)

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大学4年で飛び込んだチョウザメ養殖の世界。農業や塾講師など多業に励む若き隊員

3年ほど前、愛知県が作成した「チョウザメが、村の人口を超えましたので、食べに来てください」というキャッチーな観光ポスターがちょっとした話題になった。
愛知県最高峰の茶臼山(1415m)がある“愛知のてっぺん豊根村”では、2012年から地域おこしの一環でチョウザメの養殖を進めている。チョウザメと言えば世界三大珍味のキャビアの生みの親。その卵の塩漬けがキャビアだ。清らかな水資源が豊富な豊根村では天然水にこだわったチョウザメの養殖がおこなわれている。 名古屋で生まれ育った小早川武史さん。東京の大学に進学し、もうすぐ大学4年生という2018年の2月、チョウザメ養殖の世界に飛び込もうと地域おこし協力隊の応募を決意し、生まれて初めて豊根村に訪れた。新卒採用の最終面接を蹴ってまで、どうして愛知県で最も人口の少ない豊根村に来たのか。 チョウザメ養殖を主軸に、農業、中学生のための学習塾や小中学生を対象としたランナーズクラブなど、「多業(マルチワーク)」を実践する小早川さんに聞いてみた。

小早川さんと畑の写真、タマネギ2つの写真
小早川さんとチョウザメの写真
あしらい

短期留学で気づかされた働き方の価値観、ならば大学4年生の1年間は何かおもしろい仕事をやろう!

高校時代、長距離走の部活に入っていた小早川さん。大学入学後も走ることはやめなかった。大学3年生になったばかりの4月、大学がある世田谷区の姉妹都市交流事業に応募。マラソンランナーの交換留学生としてオーストラリアの地方都市に留学する機会を得た。 「留学といっても1週間程度なんですけど、オーストラリアの方々の日常生活にふれることができました。東京では朝から晩まであくせくと働き、始発や終電の車両の中は疲れた顔の人ばかりなんだけど、オーストラリアの人たちはいつ仕事をしてるんだろうかと思うくらい。豊かな自然環境の中で毎日仲間と食事と会話を楽しむようなゆとりある暮らしがそこにはありました。こういう生き方もおもしろいなと思いました」 大学3年生といえば就職活動の時期だ。就活を経て大手企業に入ってしまったら、オーストラリアで経験したような働き方や暮らしの選択肢はなくなる。「ならば、大学4年の1年間は何かおもしろいことをやろう」と一念発起した。そして、普通は大学3年生の後半で始める就職活動をできるだけ前倒しすることを決意。漠然と希望していた金融系や保険系の企業のみならず、様々な業種の会社の会社説明会やインターンシップにも参加した。 「どの企業も尋ねてくる質問がだいたい一緒でしたし、企業理念もだいたい同じだったので、なかなか選べなかったというか。結局、企業の知名度だとか、給与面だとかで就職先を選んでいくことになるのかなと」

あしらい

最終面接を断って、豊根村へ

チョウザメの養殖の写真

早々と動き出した就活と並行しておもしろそうなことができる機会も色々と調べてみた。そんな頃、「地域おこし協力隊」という文字が小早川さんの目に留まった。地方への移住を目的としたイベントであった。 「会場を訪れてみたら、愛知県のブースもあって、設楽町や東栄町、豊根村が出展していました。18年間愛知県内に住んでいながら、どの自治体も行ったこともなければ、聞いたこともありませんでした(笑)。どうせ田舎に行くなら一番の田舎が良いと思って、豊根村のブースに寄ってみました」 豊根村では、チョウザメ養殖に携わる隊員を募集していた。 「僕は、小さい頃から釣りが好きで、幼稚園の頃は魚図鑑を親に買ってもらって、それを眺めたりとか、名古屋港水族館とかも頻繁に通っていたりしていたほど魚好きでした。なので、豊根村でチョウザメ養殖をしてみようと思いました」

思い立ったら即行動に移さないと気が済まない性格の小早川さん。まずは、豊根村の様子やチョウザメ養殖の現場を実際にこの目で見てみたいと思い、2019年2月6日に豊根村に行くことにした。 「その日は企業の最終面接があったんですが、断ってしまいました。決意したからには少しでも早く行きたいという気持ちがあって、村役場の人の予定が空いていたこの日に行くことにしちゃったんです」 豊根村役場の職員に連れられチョウザメ養殖の現場をみたり、養殖をしている人から話を聞いたりする中で、地域おこし協力隊への応募を決意。正式な面接審査を経て、2019年4月に着任した。 「大阪や京都などと比較して愛知は魅力がない県だとよくいわれていますよね。だから、チョウザメ養殖を通じで愛知県のまだ知らない魅力を発掘したいなと」

あしらい

養殖の仕事は、朝も昼も夜も

小早川さんがチョウザメに餌を与えている写真

当時はまだ大学4年生。豊根村で暮らしながら東京の大学に通うという二重生活をスタートさせることになった。 「週1回は大学に通わなければなりませんでした。豊根村を朝5時に出れば、9時の講義やゼミには間に合うので、朝4時前に起きてチョウザメのエサやりと畑仕事を少ししてから、大学に通っていました」 「テスト週間の時は週2、3回、豊根と東京を往復しました。生き物相手なので丸一日あけることができないんですよ」 チョウザメ養殖ってどんなお仕事なんだろうか。 「水の管理と餌やりと水槽の掃除を地道にやるということです」 「山からの自然水をかけ流しでやっているので、水はすごく綺麗ですけど、それでも水槽に砂が溜まります。だから定期的に清掃しなくてはなりません。落ち葉も詰まりの原因になるので秋は特にこまめにやる必要があります」 野生生物が多い豊根村では、鳥獣害対策も必須だ。サギやタヌキが幼魚を食べに来るので、水槽の上に糸やネットを張り巡らしたりするのも重要なお仕事の一つになっている。 「餌やりは朝、昼、晩。チョウザメは幼魚のうちは、夜中の1時とか2時くらいにバクバク食べるんで、深夜に車で養殖場まで行って餌やりをしなくてはならないんです」 「沢からの自然水を使っているから、大雨の時は水量管理のため水槽の隣にある電波も通じないような倉庫小屋で夜通し過ごすこともあります」

あしらい

場所探しからのチョウザメ養殖、農業にもチャレンジ

畑の景色と野菜を販売している写真

「場所探しからのスタートでした。地権者に許可をもらって、やぶをかき分けて山の中を登って、水量を量ったり水温をチェックしたりと。場所が見つかってからは、水槽を立ち上げたり、沢から水を引いたりしました」 養殖場は予め用意されているものだと思っていたがそうではなかった。だから、来てすぐにチョウザメが飼えたわけではなかった。でも、それは、チョウザメ養殖以外のことにも挑戦しようと思える期間にもなった。 「最初はチョウザメだけでやっていくつもりだったんで、農業をやるつもりはなかったんです。田舎暮らしをするのであるならば家庭菜園くらいはやろうかとは思っていたんですけど。」 1反の畑をあてがわれて始めることになった農業は、3年目を迎えた今では2反になっている。タマネギやサトイモ、枝豆、大豆、大根、ニンニクなど、地元の方から指導を受けながら、年間を通じて様々な作物の栽培を手掛けている。 「今年は、タマネギが4,000個くらい採れましたね。根っこを全部切って、長持ちさせるために全部紐で結んで吊るしました。今どき手作業だと笑われてしまいますけど」 手塩にかけて育てた農産物は、道の駅で直販したり、いも煮のイベントの食材として卸したりしているほか、「愛知のてっぺん 生がおすすめ!! 雪の下で育った新たまねぎ」というキャッチフレーズでネット販売にもチャレンジしている。

あしらい

やりたいことが次々と、学習塾もスタート

塾で講義をしている写真

チョウザメ養殖と農業のほかに、中学生を対象とした学習塾「豊学研」や小中学生を対象にした「ランナーズクラブ」を主宰している。また、消防団活動などの地域活動もしっかりこなしている。 学習塾を始めるきっかけになったのは、「夜、志高寮で中学生の勉強を教えてもらえないか」という教育委員長からの一言だった。2020年3月まで豊根中学校は全寮制だった。その志高寮で夜間に学習する時間があったのだが、長い間、指導者がいなかったことから、現役の大学生であった小早川さんに声がかかったのだ。 「協力隊の目標である地域活性化で一番大事なのは将来を担う子ども。子どもたちが学んでくれてそれが将来の豊根のプラスになればよいなと思っていたので、二つ返事で引き受けることしました。単純に子どもが好きだったのが理由なのかもしれないです(笑)」 塾を初めてまもなく閉寮。しかし、それ以降も週3回で学習塾を続けることにした。 「お金をもらって教える以上は手が抜けないんで、中学生の勉強をやり直しました。月謝を支払うから保護者も子どもも真剣になる。相乗効果でうまくいっているんじゃないかな」 山村地域には学習塾がない。過疎が子どもたちの教育の面でも影響している。将来的には隣の町に住んでいる人とも協力しながらもう少し広域で学習塾を行っていけたらよいと、想いを巡らせている。 「街にある学習塾もコロナ禍でオンラインが多くなっていますよね。不便なところだからこそオンラインの塾があるとよいなと。オンラインだったら村外に出ていった大学生にも講師になってもらうこともできるじゃないですか」 小早川さんの若者ならではの柔軟な発想と行動力が豊根村の子どもたちの教育面で良い影響を与えている。 それは、スポーツの面でもだ。

あしらい

大好きなランニングも教えたい

小早川さんが塾で講義をしている写真

100㎞もの長距離を走るウルトラマラソンにも出場するほど走るのが大好きな小早川さん。2020年10月には、地元の学校の先生と一緒に「ランナーズクラブ」を立ち上げることになった。半Ⅹの一つではあるが、保険代でほとんど消えてしまうので実質的にはボランティアだという。 「どんなスポーツでも走るのが基本ですから、正しい走り方を習得できれば、野球だとかサッカーでも綺麗なフォームが身に付くと思って始めたんです」 自分で考え、調べることによって走り方の技術を磨いていた学生時代の経験が活かされている。「わかりやすく、楽しく」をモットーにランナーズクラブで教えている。 「毎回、同じ練習だと飽きちゃうので、時には鬼ごっこなどの遊びの要素もいれてやっています。鬼ごっこって案外肺活量が増えるんですよ」 毎年12月に開催される愛知県市町村対抗駅伝競走大会にもみんなで参加した。小・中学生、高校生、大学生、大人からなる男女混合9名のランナーが襷をつなぐ市町村対抗の駅伝大会だ。豊根村チームは惜しくも最下位ではあったが、最後まであきらめずに襷を繋ぐ頑張りの大切さと楽しさ、そして、感動と充実感をみんなで分かち合う忘れられない日となった。

あしらい

忙しいけど、勉強になるし、やりがいがある

小早川さんの作った野菜を使った定食の写真

小早川さんの日々は忙しい。細切れの時間で村内を行き来して複数の仕事をこなす。しかも、生き物相手なので休日だからといって丸一日かけて遊びに出かけることもできない。収穫の時期は寝る間もない。 「夏場は、朝5時起きて畑仕事をします。合間を縫って養殖場に行って餌やりや水槽の掃除。暑い時期は昼寝をはさんで2時くらいから夕方6時ぐらいまでまた畑仕事。塾のある日は、夕方6時から8時まで塾講師。夜9時くらいに晩御飯を食べて、夜11時くらいから2時間くらい仮眠してから養殖場に行って餌やり、その後は再び睡眠」 1,500匹のチョウザメを養殖しているが、孵化してキャビアが採れるようになるまでには10年はかかる。なので、今のところはチョウザメ養殖による収入はほぼゼロ。 卵を産まないオスのチョウザメと傍らの水槽で養殖しているアマゴを村内の飲食店や旅館などの食材として卸す分の僅かな額しか養殖による収入はない。 「普通に就職した方が時間的にも楽ですし、お金も多くもらえるでしょうけど、所詮は組織の歯車なので、仕事全体を見渡すことってなかなかできないと思うんです」 「若い頃に色々挑戦して培ったノウハウは、お金以上の価値があると思うんです」 仕事に忙殺される中であっても、決して自分を見失うことなく、先々に想いを馳せながら日々の暮らし楽しんでいる小早川さん。その原動力を尋ねてみた。 「村内限定でチョウザメ料理※を食べることができます。チョウザメ料理を食べて美味しかったと言っていただけたりするとすごく嬉しいですね」 「受験が終わって子どもたちが保護者とお礼を言いに来てくれたりすると、塾をやっていて良かったなと思います」 「農作物も自分が頑張れば頑張った分だけ目に見える形で収穫量も増えるますし、売り上げも上がる。サラリーマンでは、こんな充実感はなかなか得られないんじゃないかな」 こうした充実感が小早川さんのやる気を次々と掻き立てている。

※王侯貴族の食べ物であったことにちなんで「ロイヤルフィッシュ」(登録商標)とネーミングされた豊根産のチョウザメは、
 鯛とフグのいいところを合わせ持ち、 脂ものっていながらもしつこくなく淡泊な味わい、そして、はじめて出会うような食感が売り。コラーゲンやコンドロイチン硫酸、
 高度不飽和脂肪酸が豊富なので健康や美容にもよい

あしらい

色んな挑戦で可能性が拡がるのが魅力

小早川さんと畑の写真

「さまざまな仕事に挑戦できること。それが半農半Ⅹの魅力です。将来のキャリアを考えた時、いろいろな選択肢が拡がっていると感じています」 「農業をやっていることが養殖に活かされたり、学習塾でやっていることなどが他の業種で使えたりします。視野がどんどん拡がっています」 ここ豊根村では、アイデアを出せば、どんどん新しいことが取り組むことができる。自分で考え、工夫して、やり遂げる。そして、やり遂げた時には感謝もされる。決して楽ではないが、仕事のおもしろさとやりがいを日々体感している。 子どもたちから「なんで農業やってるの、なんで魚を飼ってるの」と素朴な質問が飛んでくることもある。こうした質問に答えることが、自分のやっていることの理由や意味を改めて考え直し、整理する良い機会になっている。小早川さんにとって子どもたちは単なる生徒ではなく、自分の気づきを促してくれる先生という存在にもなっている。 働き方改革が叫ばれる昨今、「多業(マルチワーク)」や「パラレルキャリア」が新しい仕事のカタチの一つと言われている。それを知ってか知らないかわからないが、小早川さんは既に豊根村で体現している。新しい働き方や生き方の息吹を“愛知のてっぺん”に吹き込んでいる。 よそから来て、何に対しても物怖じをせず笑顔で果敢にチャレンジしている若者の姿は、豊根村の子どもたちには果たしてどのように映っているのだろうか。 豊根村に愛着と誇りを持ちながら挑戦する第2、第3の小早川さんが豊根村に生まれ育った子どもたちの中から生まれてくる兆しを感じさせてくれる。