小川史さんの半農半Xのヒストリー



半農半Xの一年


田原市赤羽根町に位置する「DIEZ café」。
築70年の元保育園を改装したカフェは、どこか異国の雰囲気を漂わせながらも、コーヒーの薫りが心を落ち着かせる空間となっている。
このカフェを営む小川史さん。
ハラペーニョに魅了され、自家栽培ハラペーニョから製造している加工品を使ったメニューを提供するとともに、販売を行っている。
2010年にサーフィンをきっかけに移住し、今では農業とカフェ以外にも地域のために様々なことに取り組んでいる。
常に新しいことに挑戦している小川さんの原動力を尋ねると、その根底には「海への感謝」と「子どもたちが豊かに暮らせる町をつくりたい」という想いがあった。

サーフィンをきっかけに田原市へ移住
大阪府出身の小川さん。田原市に移住したのはサーフィンがきっかけだった。
サーフィンを始めたのは30歳のとき。それまでの仕事を辞め、以前から興味のあったサーフトリップを開始。サーフボード片手に国内外を旅する日々を送っていた。「田原の海は、1年を通してコンスタントに波がある。それが移住の決め手でした」
移住した当時を小川さんに振り返ってもらうと、地域の人々の温かさが真っ先に思い浮かぶという。
「引っ越してきた初日、家の前の畑を耕していたおばあちゃんが話しかけてくれて、軽く挨拶を交わしました。その後、外出して戻ると、自分の駐車場に黒い塊が置かれていて、『なんだろう?』とよく見たら、先ほどのおばあちゃんが置いてくれたナスの山だったんです」
「この地域の人の温かさは、移住した当時から変わらないどころか、むしろ増しているように思います」と笑顔を見せた。

ハラペーニョとの出会いと「ペーニョポン酢」の誕生
ハウスの中にはメキシコ原産の青唐辛子であるハラペーニョが実っていた。
元々唐辛子は苦手だという小川さん。なぜハラペーニョを栽培しているのだろうか。
「サーフトリップでメキシコを訪れた際にハラペーニョと出会いました。初めて口にした時に『めちゃくちゃ美味しい!』と感動したことは今でも忘れられません。『辛みが後からきて、すっと消える』というハラペーニョの特徴に魅了され、本場メキシコと気候が似ている田原市で栽培を始めました」
そのハラペーニョを使った加工品の製造にも力を入れている。
ピリッとした辛味とさわやかな酸味が特徴の「ペーニョポン酢」は、大阪で生まれ育った小川さんにとって馴染み深いポン酢文化や、海外での体験をきっかけに開発された。
「飲んでしまうくらいポン酢が好きなんです。田原市のスーパーに行ったとき、大阪と比べてポン酢の種類が少ないと感じました。それで『ペーニョポン酢にも勝機があるな』と思いました」
実は、ペーニョポン酢は小川さんがサーフトリップをしていた時からすでにできていた。
「旅先で友達ができると、自国の料理を振舞うことがあるんです。鍋をしたときに当時海外でも出回り始めていた醤油とお酢を使ってポン酢を作ったところ、好評でした。そこで試しにハラペーニョを刻んで加えてみたら、大好評でした。この反応を見て、『結構いけるかな』と思いました」

海をきれいにするために
ハラペーニョだけでなく、ビーツやパッションフルーツ、プルメリアなども栽培している。
これらの栽培にあたっては、化学的な資材を使用しないことにこだわっている。
「『海をきれいにしたい農法』と名付けて、無農薬・無化学肥料で育てています。サーフィンを通じて楽しい人生を送れているので、その恩返しとして、海にギブバックすることを意識しています」
友人が経営している乗馬クラブから馬糞をもらったり、鶏を放して害虫を食べてもらったり、試行錯誤を繰り返しながらも、海への感謝の気持ちを込めて循環型農業を実践している。

キッチンカーからカフェへ
「DIEZ café」では、小川さん自慢のペーニョポン酢を使ったチキンや餃子、マフィンや香り豊かなコーヒーを味わうことができる。
海外を旅していた際に立ち寄ったカフェや飲食店のメニュー、その味についてメモを残していたという小川さん。
「このメモを元に、今のメニューやお店ができていますね」
お店の雰囲気も各国で訪れたカフェの良い部分を取り入れたことで、無国籍な空間となっている。
コーヒーのノウハウも旅先で習得したものだ。エスプレッソコーヒーが大好きだった小川さんは、海外で実際に手を動かし、その技術を身に付けた。
「基本サーフィンができる場所にしか行かないけど、1回だけコーヒーのためにイタリアに行きました。それが僕の人生で唯一サーフボードを持たずに行った旅です」とイタリアでの特別な体験を振り返る。
現在は築70年の元保育園を改装した建物でカフェを営んでいるが、初めはキッチンカーからのスタートだった。当時は「キッチンカー」という言葉は一般的ではなかったが、大阪の「振り売り」と呼ばれる移動販売スタイルを参考にマフィンとコーヒーを販売していた。その後、最初の店舗を経て、3年前に現在の店舗に移転した。
カフェを開く際に大変だったことを尋ねると、小川さんは即座に「特にない」と答えた後に「ミラクルのようなことが続いたので、大変さを感じるよりも驚くことの方が多かった」と語った。
新品では高価なエスプレッソマシンも、隣の市で中古品を修理・販売していた人との出会いにより安価に手に入れることができた。さらに、ペーニョポン酢の加工スペースに頭を悩ませていたところ、給食室が併設された保育園であった現在の店舗の話が舞い込んできた。こうした巡り合わせが重なったことで、今の「DIEZ café」がある。

Xの広がり
カフェ以外にも様々な「X」に取り組んでいる。それぞれのきっかけや取組に対する想いを伺った。
地域のワカメ漁を存続させるために、2023年から漁師にも挑戦している。
「この地域で最後のワカメ漁師である84歳の親方に教わりながら、ワカメの養殖をしています」
海藻は海水をきれいにしてくれるので、「海をきれいにしたい農法」を実践している小川さんの理念にもぴったりだった。
さらにカフェの一角で「田原の大自然のフィールドで子どもたちが遊ぶギアを扱うお店」というコンセプトでアウトドアストアを開いている。サーフボードやウエットスーツをはじめ、最近ではBMXバイクも取り扱うようになった。
BMXバイクを販売するようになった経緯について、「月に1回カフェの駐車場で開催しているマルシェでは、プロBMXライダーである後輩に子どもたちを対象とした自転車教室を開いてもらっています。その教室に参加した子どもたちの親から『子どもに自転車を買ってあげたい』と言われて、うちのアウトドアストアでBMXバイクの取り扱いを始めました」と笑顔で語った。
「子どもたちが豊かに暮らせる町になるお手伝いができたらいいな」という想いから、小川さんの「X」はますます広がりを見せている。

移住者を増やすために
自身の移住経験を活かして、2019年から「たはら暮らし定住・移住サポーター」としても活躍している。「たはら暮らし定住・移住サポーター」とは、田原市が行政と地域、住民が連携して定住・移住者の受入体制の整備・強化を図るために立ち上げた制度だ。
小川さんは定住・移住の促進に向けて、移住を考えている方の相談対応や、講演、空き家のマッチングなどを行っている。
移住サポーターの活動の中で、地元で長年活躍されてきた方の「元気なうちに土地を処分したい」という想いを叶えられたことが印象に残っているという。

これから半農半Xを始める人たちへ
「新しいことに挑戦する時には、『できることを一生懸命すること』と『感謝の気持ちを忘れないこと』を意識しています。そうすると、なぜかすごいミラクルが起きることがあるんです」と語る小川さん。
長く続ける秘訣についても、こう教えてくれた。
「好きなことをやること。その次に好きになる努力も忘れないこと。好きなことをしていても、辛いことや嫌になる瞬間は絶対にあると思うので、その時にもう一度好きになる努力をすることが大切だと思います」
小川さんは「海への感謝」と「子どもたちが豊かに暮らせる町をつくりたい」という想いの実現に向けて、この地域で様々なことに挑戦しながら、自身の「好き」を育て続けている。
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