松山和彦さんの半農半Xのヒストリー



半農半Xの一年



愛知県新城市。
日本で初めて戦場で本格的に鉄砲が使用された「長篠の戦い」は約450年前にこの地を舞台に繰り広げられた。
武田軍の騎馬隊に対し、織田・徳川連合軍が馬防柵と火縄銃で迎え撃ったという話を一度は耳にしたことがあるだろう。
この歴史を感じさせるお土産である「馬防柵さつまいもスティック」が道の駅などで人気を集めている。
松山さんは2020年に「Oydenガーデン」を起業し、農業とお土産開発に取り組んでいる。
「馬防柵さつまいもスティック」は松山さんが初めて手掛けたお土産であり、パッケージにサツマイモのスティックを差し込むことで、馬防柵を再現することができる。
このようなお土産を開発した背景には、『地域のブランド力を上げたい』という強い想いがあった。

地域を見つめなおして

新城市出身の松山さんだが、地域の課題に目を向けたのは、前職である教師を辞めた後のことだった。
当時、近所の人に声を掛けられ、畑仕事の手伝いをするなど、地域のコミュニティの中で多くの時間を過ごしていた。
「この時に遊休農地や高齢化など、地域全体が抱える問題に対して『なんとかしないとまずいな』と危機感を抱きました。教師をしていた時も知識としては知っていましたが、やっぱりどこか他人事のように感じていました」
実際に問題を目の当たりにしたことで、自分事として捉えられるようになったという。
この頃から、お土産も地域の課題の1つだと感じていた。
「長篠の戦いは、小学校の社会科で3本の指に挙げられるほど大きく取り上げられているのに、その歴史的価値に見合っただけのお土産が揃っていないように感じていました」
これらの地域の問題を解決できるようなことを仕事にしたいと思い、農業とお土産開発に挑戦している。

農業の歩み


農業を始めたきっかけは、近所の人がビニールハウスを建ててくれたことだった。
「最初はそのビニールハウスを活かして、野菜の苗を作り始めました。野菜にはとても多くの種類があり、農家や家庭菜園をしている人たちの『作りたい野菜の苗が売っていない』という声を耳にしていたので、プロの農家はもちろん、家庭菜園を楽しむ方々が『育ててみたい』と思える野菜を考えて、様々な品種の苗を提供することで、他との差別化を図っています」
松山さんにとっては、数を多く売ることだけでなく、家庭菜園をしている人たちが農地を手放さないようにすることも重要なため、それらの人が楽しめるような品種を常に探して積極的に提案している。
その後、青パパイヤやサツマイモなどの栽培も始めた。
これらの野菜を選んだ背景にも、松山さんらしい考えがあった。
「耕作放棄地をなんとかしたいと思っていたので、少ない労力で広い面積を管理できる作物を探しました。そうして選んだのが青パパイヤやサツマイモです」
ただ、耕作放棄地の問題を一人で解決することは難しいため、他の人にも選ばれる農作物にする必要があった。
その中で、「産地化」という考えにたどり着いた。
「名物というのは、地元の人がたくさん消費していないと広がりません。その点、この地域には青パパイヤを日常的に食べる外国籍の人が多く、地域内での需要が見込めるため、作ってみる価値があると思いました」
松山さんの中で農業とお土産の接点が生まれたのもこの頃だった。
「最初は自分の作った野菜でお土産を作ることは考えていませんでしたが、地域の農産物を使ったお土産がヒットすれば、地域の農業で儲かる仕組みができてくると考えました」

お土産開発への挑戦


「馬防柵さつまいもスティック」の発売までには、さまざまな困難がありましたが、それを乗り越えるための幸運な出来事にも恵まれました。
松山さんは当時を振り返り、「お土産を作りたいという気持ちはあったけれど、何から始めればいいのかまったく分からなかった」と語った。
「困り果てていた時、商工会でコンサルタントに相談できる窓口を見つけました。そこで『何から手をつけたらいいのか』『自分の考えをどのように形にすればいいのか』など、あらゆることを相談しました。コンサルタントの方に『あなたの事業理念は素晴らしいから、そのまま続けていれば必ず助けてくれる人が現れる』と言ってもらえた時の喜びは今でも覚えています」
コンサルタントとの対話を通じて、自分の考えを言葉にしていく中で、「地元の魅力を地元の素材を使って表現する」というコンセプトが固まった。
これが「馬防柵さつまいもスティック」誕生のきっかけとなった。
サツマイモの加工業者を探す際には、個人と取引してくれる業者が見つからず苦労したが、この時思いがけない助けを得ることになった。
「食品会社に勤めていた高校の後輩が、加工業者を紹介してくれました。彼の会社が間に立ち、取引をしてくれることになったんです。夢が現実として動き出した瞬間であり、私にとってのターニングポイントです」
さらに、これをきっかけに幸運が続いた。
「『馬防柵さつまいもスティック』の肝ともいえるパッケージの制作をお願いする際には、試作品を見せたところ、コンセプトに共感してもらえて、最初に提示された額より安価に発注することができました。また、偶然お会いした市長に『馬防柵さつまいもスティック』の話をしたところ、記者発表の機会をいただけました」
こうして、松山さんが起業してから3年が経った2023年1月に「馬防柵さつまいもスティック」が発売されました。

魅力ある観光地にするために

現在、「馬防柵さつまいもスティック」以外にも、長篠の戦いにゆかりのある武将たちが描かれたクリアファイルなどのお土産を展開している。
中でも、徳川家康のもとまで援軍の要請に走ったことで知られ、日本の走れメロスとも言われる「鳥居強右衛門」をテーマにしたお土産が好評を得ている。
松山さんは、お土産が地域に与える影響について次のように語る。
「観光地では、お金を落とす場所や物がないと『あそこには何もなかった』と言われてしまいます。たとえ美しい景色があったとしても、それだけでは満足できない人が多いと思われます。美味しいものが食べられるお店や魅力的なお土産があれば、『何もなかった』とは言われにくく、もっと魅力的な観光地になると思います」
「特にお土産は家に帰ってからも残ります。それが良いものであれば、その地域に対する良い印象を根づかせることができると考えています」

半農半Xが起こす化学反応
「以前は歴史や自然を意識していましたが、最近では観光まちづくりにも目が向くようになりました。長篠の戦いをテーマにした田んぼアートや、設楽町の巨木とジビエを活かしたお土産の開発などに向けて動き出しています」
このような発想は、農業だけをしていたら生まれてこなかったという。
「枠にとらわれない自由な発想をすることで、異なるもの同士がぶつかり合い、思いもよらない新しいものが生まれることがあります。こうした新しい化学反応がもたらす創造の楽しさこそ、半農半Xの魅力の一つですね」

これから半農半Xを始める人たちへ

これから半農半Xを始めようと思っている人へのアドバイスを尋ねると、「自分がアドバイスをもらいたいくらいです」と言いながらも、次のように語ってくれた。
「いきなり生活を支えられる規模の事業を始めようと思うと、とても大変なんです。資金計画にゆとりを持って、できることから少しずつ始めるのがいいと思います。続けていく中で、人との縁が生まれたりして、広がりが見えてくるはずです」
また、たくさんのことに挑戦する松山さんの考え方についても教えてくれた。
「新しいことに挑戦する際は、『2勝7敗1引き分け』を目指しています。以前、コンビニのお菓子のうち1年後も残っている商品は全体の1割程度しかないと聞いたことがあります。一流メーカーでも9割は失敗しているんです。だから、失敗が多くて当然だと思って、どんどん挑戦するようにしています。逆に『2勝7敗1引き分け』より勝率が高い場合は、挑戦が足りない証拠だと自分に言い聞かせています」
枠にとらわれない自由な発想で地域活性化に向けた挑戦を続ける松山さん。今後の活躍に期待が高まるばかりだ。